5.万能令嬢、里帰りする(5)
◇ ◇ ◇
ちょうどその頃、エノレアはどこか落ち着かない気持ちで仕事をしていた。
(今頃、殿下とリリアナ様はお茶会の最中かな?)
なぜか時計が気になってしまい、書類に集中できない。
「エノレア。どうかした? さっきから落ち着かなさそうだけど?」
エノレアの変化を敏感に感じ取ったオリバーが心配そうにこちらを見る。
「ううん、なんでもないの。……なんか集中力が切れちゃったから、少しそこら辺を歩いてこようかな」
「わかった。気分転換してきなよ」
「うん、ありがとう」
エノレアが頷いたちょうどそのとき、外から「きゃあ!」という甲高い悲鳴が聞こえた。
「誰か! 誰かー!」
ただ事ではない様子に、執務室にいた面々はハッとする。
「何かあったのかしら?」
「行ってみよう」
オリバーも立ち上がる。
エノレアはオリバーと共に、声がしたほうに走った。
階段の下が騒がしく、ふたりは階下に降りる。休憩室の前で、青くなった使用人が立ち尽くしていた。
「何があったの?」
「彼女が急に苦しみだして」
立ち尽くしていた使用人は、泣きそうになりながら部屋の中を指さす。そこには、床に倒れて苦しんでいる女の使用人がいた。
エノレアはびっくりして彼女に駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫⁉」
唇は青紫色、呼吸は浅く、瞳孔が開き目の焦点が合っていない。
(甘い香りがする。この匂いって──)
特徴的な甘い香りに、覚えがあった。
エノレアは、青い顔をして立ち尽くオリバーと使用人のほうを振り返る。
「これ、毒だわ! すぐに医師を!」
「わ、わかりました」
使用人は刻々と頷くと、一目散に医務室のほうに駆けだす。
(脈がゆっくりになってる。症状的に、ブラックリリーの根で間違いなさそうね)
まだ故郷にいたころ、ガレスから色々な植物の知識を教えられた。遭難した際に食べられるもの、食べられないもの、薬なるもの、そして、毒なので絶対に口にしてはいけないもの。
その中に、目の前の彼女の症状に似た植物があったのを覚えている。
(解毒はどうするんだっけ? たしか、シグネアの花を煎じたものが効いたはず)
「オリバー。誰かに、シグネアの花を煎じたものを持ってくるように言って!」
「シグネアの花? 観賞用の?」
「そうよ。早く!」
「わかった」
オリバーは慌てたように走り去る。
倒れている女性とふたりきりになったエノレアは、彼女に近づく。そのとき、彼女のすぐ近くにある、割れたティーカップと零れて広がった紅茶が目に入った。
ドクン、と胸が鳴る。
『毒よ! この子が入れたんだわ』
『なんてことだ。この疫病神が!』
頭の中に、激しく叱責する声が響いた。
(何……これ……)
エノレアはがくっと膝をつき、耳をふさぐ。
けれど、エノレアを責め立てる声は消えない。
「違う! 私じゃない……」
きちんと説明しないと。
そう思うのに、言葉がうまく出てこない。
ヒューヒューと喉が鳴り、息苦しさを感じた。
(きちんと説明できないと、また捨てられる)
そこまで考えて、いったい誰に、どこに捨てられるのかと自問自答する。
支離滅裂で、自分でもわけがわからない。
どうすることもできないような、絶望感が襲ってきた。
(誰か助けて──!)
心の中で叫んだそのとき、「エノレア!」と大きな声がした。耳をふさいで倒れ込むエノレアの両肩を掴み、顔を覗き込んできたのはレニオスだ。
「何があった! 大丈夫か⁉」
いつも冷静な彼には珍しく、明らかに焦っている。
「レニ……オス……様……」
どうしてだろう。彼の顔を見た瞬間に、どっと安心感が押し寄せる。
「おい、エノレア! エノレア!」
必死に呼びかける声に応えることができないまま、エノレアは意識を失った。




