5.万能令嬢、里帰りする(4)
「ええ、そうです。私、殿下とゆっくりお茶をいただく時間が欲しいのです。なんとかしてちょうだい」
リリアナがそう申し出ると、エドガーは困ったような顔をした。
「なるほど、そういう要望ですか。殿下は大変お忙しい方ですので、私的なお茶の時間を設けるのは難しいかと」
「ほんの少しで構いませんわ」
「そうは言ってもですね――」
「私は妃候補として青嵐宮へ上がったのですよ?」
リリアナはさも困ったと言いたげに、愛らしく首を傾げる。
「殿下とお話しする機会すらいただけないのでは、父に何と報告すればよいのでしょう」
エドガーはぐっと言葉を詰まらせる。
ロングレイン侯爵家は、王太子選出にも影響力を持つ有力家門だ。そのロングレイン家の娘を無碍に扱ったと受け取られれば、今後に影響しかねない。
エドガーはしばらく悩んだ末、深いため息を吐いた。
「……承知しました。明日の午後、三十分だけでも時間を確保できるよう、調整いたします」
「まあ、ありがとうございます! さすがはエドガーさん。エノレアさんに言っても埒があかなかったから、お願いして正解だったわ」
リリアナはぱっと顔を明るくし、ちらっとエノレアのほうを見た。
楽し気なリリアナから、エノレアは反射的に目をそらす。
(なんか、もやもやする)
この嫌な気持ちは、自分が仕事ができないと人前で言われたことに対する不快感なのだろうか。自分でもわからず、エノレアはひざの上でぎゅっとこぶしを握った。
◇ ◇ ◇
エドガーから急遽の予定変更を告げられたレニオスは、露骨に眉を顰めた。
「ふざけるな。急に予定変更を告げてきたと思えば、茶の時間を取れだと?」
「しかし、ロングレイン侯爵家との関係維持も、殿下のお役目です。リリアナ様の機嫌を損ねてロングレイン侯爵の反感を買うと、厄介なことになります」
レニオスの睨みに怯むことなく、エドガーはきっぱりと言い切る。
「くそっ、面倒だな」
レニオスは息を吐く。
気が進まない。だが、エドガーが言うことも正論なのは重々理解していた。
「……三十分。それ以上は、一分たりとも延長しない」
「承知しております」
エドガーは深々と頭を下げた。
レニオスとリリアナの茶会は、青嵐宮の庭園にあるガゼボで開かれることになった。
ガゼボのすぐ脇には噴水があり、ガゼボにつながる遊歩道の両側には色とりどりの花が咲いている。
よく晴れて風も穏やかで、茶を楽しむには申し分のない陽気だった。
「殿下、本日はお時間をいただきありがとうございます」
リリアナは嬉しそうに微笑んだ。
淡い桃色のドレスは庭園の花々によく映えており、多くの貴族令息は見惚れるだろう。だが、レニオスは少しも心が動かされる感覚がない。
「レニオス様とお茶会ができると知り、昨晩大急ぎで茶葉を用意しましたの。ウィリー地方名産のもので、とても貴重な茶葉なんですのよ」
「そうか」
茶葉に全く興味のないレニオスは、特に感動することもなく不愛想に頷く。
「私が淹れさせていただきますね」
リリアナはそう言うと、自らティーセットに手を伸ばした。
瓶に入っている茶葉をティーポットに入れると、慣れた手つきで茶葉を蒸らし、カップへ琥珀色の紅茶を注いでいく。
「香りがとてもよくて、渋みがなく味もいいんです。是非召し上がってください」
差し出されたカップからは、確かに芳醇で思わず口を付けたくなるような香りが漂っていた。
口を付けないのも失礼かと思ったレニオスは、カップに手を伸ばす。
そのとき、ざっと強い風が吹いた。
ガゼボのそばにある木々が揺れ、咲いていた白い花の花びらが風で舞う。
「あっ」
ひらひらと舞い落ちた花弁は、レニオスのカップに入った。
「まあ、なんてこと! すぐにお取り替えします。そこのあなた」
リリアナは近くにいた使用人を呼ぶ。
「新しいティーカップをお持ちして。あと、ティーポットも別のものを用意して、お湯も沸かしなおして。抽出時間と温度が大事なのよ。急いで!」
「は、はい」
使用人は頷くと、レニオスのティーカップを手に取る。
「ああ、もう! 貴重な時間なのになんてことなの」
リリアナは眉を顰め、おかんむりの様子だ。
(騒がしい女だな)
この程度の騒がしさなら一般的なレベルなのかもしれない。しかし、青嵐宮の使用人はレニオスの前で一切余計な口を利かないので、ひどく騒がしく感じた。
レニオスは彼女の後方にある噴水に目を向ける。
(三十分か。長いな)
早くこの時間が過ぎ去らなかと思った。




