5.万能令嬢、里帰りする(2)
夜七時。エノレアはリリアナを、レニオスといつも一緒に食事をとるダイニングルームへと案内する。レニオスは既に席についていた。
「リリアナ嬢?」
レニオスはエノレアと一緒にいるリリアナの顔を見て、怪訝な顔をする。
「殿下。今日はわたくしのためにお時間を作ってくださりありがとうございます」
リリアナは頬を染めて、一礼する。
「お前のため?」
レニオスは眉を顰めた。
「あのっ、私が手配したんです。せっかく青嵐宮にリリアナ様がいらしたのだから、親交を深めたほうがいいと思いまして」
エノレアはとっさに言い訳をする。すると、レニオスは眉間の皺をますます深くした。
「お前は、俺とリリアナ嬢が親交を深めればいいと思っているのか?」
「それは、もちろんです……」
声が尻すぼみに小さくなる。
リリアナは名門ロングレイン侯爵家の令嬢で、ロングレイン侯爵家の支持を得られればレニオスは王太子選考で有利になる。親交を深めておいたほうがいいに決まっている。
それなのに、なぜこんなに胸につかえがあるのか自分でもわからなかった。
「なるほど。お前の考えはよくわかった。青嵐宮でも有数の優秀な人材であるお前が言うなら、その通りだ」
レニオスはハッと吐き捨てるように言う。声は低く、明らかに機嫌が悪い。
(なんでそんなに機嫌が悪いの?)
自分は何かしでかしてしまっただろうか。
レニオスの考えがわからず、エノレアは泣きそうになる。
「リリアナ嬢。部下との連携がうまく取れておらず悪かった。座ってくれ」
「私は構いません」
リリアナはふわっと微笑むと、空いている席に座った。
エノレアはどうすればいいかわからず、所在なく身じろぐ。
「何をしている。もう出ていっていいぞ。邪魔だ」
「あ、はい」
レニオスに冷たく言い放たれ、エノレアは慌てて部屋を後にした。
部屋を出てばたんと扉を閉じると、その扉に寄りかかる。
「邪魔だなんて、そんな言い方しなくったっていいじゃない……」
リリアナは妃候補で、エノレアはただの部下。どちらが優先されるべきかなんて火を見るより明らかだ。
頭ではわかっているのに、なんとも言えない寂しさを感じた。
◇ ◇ ◇
レニオスは、いつも冷静な彼には珍しくいらだっていた。
エノレアの性格的に、自分から進んで男女の仲を取り持つような余計なことはしないはず。
十中八九、目の前にいるリリアナ・ロングレインに依頼されてこの場を用意したのだろうと予想はついたが、それでもいら立つものはいら立つ。
リリアナが、正面に座るレニオスをちらっと見る。目が合うと、彼女は嬉しそうに頬を染めた。
「私、殿下が私の入宮に同意されたと聞き、とても嬉しかったんです」
「そうか」
「誠心誠意、殿下に奉仕させていただきますね」
「そういうのは不要だと言っただろう。侍女とは名ばかりだから、好きに過ごせばいい」
「好きで殿下のお世話をするのです」
レニオスは口を噤む。
話が通じないとは、こういうことを言うのだろう。
「殿下ったら、もしかして照れていらっしゃるのですか?」
リリアナはくすくすと笑う。
「なぜそうなる」
レニオスは苛立ちに満ちた目でリリアナを見る。
「二人きりでお食事をするのは、初めてですもの」
「俺はエノレアと食事をするものだと思っていた」
あまりにも率直な言葉に、リリアナの笑みが固まった。
「……エノレアさんと?」
「ああ」
「でも、あの方は文官です」
「それがどうした」
「殿下がわざわざお食事を共になさるような立場ではないでしょう?」
レニオスの目が冷たくなる。
「俺が誰と食事を摂ろうが、お前が口出しすることではない」
「それはそうなのですが……」
リリアナは納得しきれない様子だったが、レニオスの苛立ちを感じ取ってかすぐににこりと微笑んだ。
「でも、今殿下の前に座っているのは私です。ですから、今日は私との晩餐を楽しんでくださいませ」
レニオスは心の中でため息をつく。
すでに場は用意され、リリアナは席に付いている。ここで立ち去れば、ロングレイン侯爵家との関係に影響するのは明らかだ。
給仕が前菜を運んでくる。
「まあ、とても美しい盛り付けですこと」
リリアナは微笑み、フォークを手に取った。
洗練された所作で少し食べると、手を止めてフォークを置く。
「……口に合わないのか?」
「いいえ。とても美味しいです」
「なら、なぜ食べない」
「だって、太ってしまいますもの」
リリアナは困ったように答える。
その後に運ばれてくる料理も、ほとんど手を付けずに下げらた。
(エノレアなら、美味しいと目を輝かせて完食するだろうに)
貴族令嬢としてどちらの行動が好まれるかと言えば、リリアナのほうだ。しかし、こうも残されては一緒に食べているこっちまで食欲が失せる気がした。




