5.万能令嬢、里帰りする(1)
数日後、リリアナ・ロングレインが青嵐宮にやって来た。
淡い桃色のドレスに身を包み、柔らかなピンクブロンドの髪を美しく結い上げている。年齢はエノレアと同じか少し下くらいだろうか。
白い肌に大きな水色の瞳。口元には品のよい笑みが浮かんでいた。
誰が見ても、可愛らしく庇護欲をそそる令嬢だ。
「リリアナ・ロングレインです。本日より青嵐宮にてお仕えできますこと、光栄に存じます」
青嵐宮の職員たちの前で、リリアナは優雅なカーテシーを披露する。それを眺める男性文官たちからは、ほうっとため息が漏れた。
「堅苦しい挨拶は必要ない」
レニオスは全く感情のこもらない表情で応じると、青嵐宮の職員たちのほうを見る。
「本日より、彼女を俺の専属侍女として受け入れる。皆、承知しておくように」
「はい!」
その場にいる職員一同が、一斉に返事をした。
少し離れた場所に控えていたエノレアは、その様子をぼんやりと眺める。
(可愛らしいお方だわ)
レニオスと並んでも見劣りせず、身分も年齢も釣り合っている。
もし二人が結婚すれば、誰もが祝福するのだろう。
そう考えると、また胸がざわついた。
「エノレア」
突然レニオスに呼ばれ、エノレアはハッとする。ぼんやりしていたことに気づかれてしまっただろうか。
「は、はい!」
「こちらへ来い」
言われるがままに、エノレアはレニオスのそばへ歩み寄った。
「彼女はエノレア。青嵐宮で唯一の、女性の第一級文官だ。もし、男性文官に言いにくいことがあった際は、彼女を頼ってくれ」
リリアナはエノレアを見つめる。
「第一級文官? 女性で?」
「はい。エノレア・グレイです」
エノレアは軽く会釈する。
女性の文官もいるが、第一級文官には珍しい。少なくとも、青嵐宮ではエノレアひとりだけだ。
「エノレアは非常に優秀だ。頼りになるだろう」
レニオスは淡々と告げる。
「まあ。殿下がそこまでお褒めになるなんて、よほど優秀な方なのですね」
リリアナは品定めするように、エノレアを見つめる。
「よろしく、エノレアさん」
「よろしくお願いします。リリアナ様」
エノレアは恐縮しつつも、頭を下げた。
その日の夕方、エノレアは早速リリアナに呼ばれた。正確に言うと、廊下を歩いていたら呼び止められた。
「ねえ。私はレニオス様付きの侍女なのに、今日一日全く殿下と一緒に過ごしていないわ。こんなのおかしいと思わない?」
「殿下はお忙しい方なので──」
「絶対におかしいわ。あなたが私と殿下の時間を作るように取り持って」
「……? 私がですか?」
「そうよ。他に誰がいるって言うの?」
リリアナは形のよい眉毛を顰めた。
唇のすぐ横に人差し指を当て、考えるようなポーズをする。
「そうね……夕食をご一緒するのがいいわ。まだレニオス様は夕食を召し上がってないわよね?」
「はい。そう思います」
「じゃあ、決まりだわ。晩餐の準備、よろしくね」
リリアナは朗らかに微笑むと、ひらひらと片手を振りながら自分の部屋へと戻っていく。エノレアは呆気にとられつつ、その後ろ姿を見送った。
「エノレア。どうした?」
びっくりしすぎて立ち尽くしていると、聞きなれた声がした。振り返ると、渦中の人物──レニオスとエドガーがいた。
「なんでこんなところに突っ立っている?」
「……レニオス殿下。今夜の晩餐についてお伺いしてもよろしいでしょうか」
「晩餐?」
「はい。今夜、ご都合はいかがですか?」
エノレアはレニオスをじっと見る。なぜかわからないが、断ってほしい気がした。
けれど、彼の答えは──。
「今夜なら空いている」
「……そうですか。では、七時からでよろしいでしょうか」
「ああ」
「承知しました」
エノレアは頭を下げる。
(リリアナ様は妃候補なんだから、親交を深めるのはいいことよ)
胸の奥に生まれた小さなもやもやには、気付かないふりをした。




