4.第三王子と万能令嬢(7)
レニオスが言うと、エドガーは「え?」と言葉を止める。
「殿下が私を褒めるなんて……」
天変地異でも起きたかのような目で見られ、レニオスはムッとする。しかし、思い返せば自分がエドガーを面と向かって褒めたことはない気がした。
自身の右腕であり、最も信頼する重臣であるにも関わらずだ。
「……お前のことは、いつも頼りにしている。これからも俺を支えてほしい」
エドガーが大きく目を見開く。そして、満面に笑みを浮かべた。
「もちろんです。殿下のために、このエドガー・レインズ、誠心誠意努めさせていただきます」
エドガーは胸に右手を当てて、鷹揚に頭を下げる。どこか演技がかった大げさな仕草だったが、悪い気はしなかった。顔を上げたエドガーは、随分と機嫌がよさそうだ。
(そんなに喜ぶことか?)
正直、褒めるだけでここまで喜ぶなんて思っていなかった。
レニオスはエドガーを窺いみる。
(エノレアといい、エドガーといい、部下が喜ぶ姿を見るのも悪くないな)
喜んでいるのは向こうなのに、なぜが自分まで気分がいい。
「それで、黒幕は洗い出せそうか?」
「それが、かなり難航しております」
「だろうな」
予想通りの答えに、レニオスはふうっと息を吐く。
レニオスを狙っているとすれば、黒幕として可能性が高いのは他の王子、もしくはほかの王子を支持している高位貴族あたりだ。
自分たちの立場を守るために、ぼろを出さないよう細心の注意を図るだろう。
「青嵐宮が総力を挙げてもなんら犯人の手がかりを掴めないとすると、黒幕はほかの王子もしくは高位貴族の可能性が高い。だが、その場合非常に厄介だな。国家諜報院が使えない」
「はい。国家諜報院は各宮の息がかかった者が多数おりますからね」
エドガーは神妙な面持ちで頷く。
「外部機関を使うか? フォレストはどうだろう?」
フォレストとは、どの国にも属さない世界最高の諜報機関だ。いったん仕事を受ければ、たとえターゲットがどんな相手でも、懐に入り込んであらゆる情報を引き出してくる。
「フォレストですか。悪くはないと思いますが、彼らが受けてくれるでしょうか?」
エドガーは眉根を寄せる。
フォレストに依頼を受けてもらうのは、非常にハードルが高い。それは単に金額が桁違いであるというほかに、彼ら独自のポリシーが原因だ。
彼らは受ける価値があると判断したミッションしか受けないのだ。このポリシーはかなり徹底されており、たとえ依頼者が王族であろうと断られることが多い。
「受けるかどうかは向こうの判断だから、なんとも言えないな」
「ダメ元で依頼するだけしてみましょう。並行して、我々での捜査も続けます」
「ああ、頼む」
「それと、大変申し訳にくいのですが──」
「申し訳にくいことは聞く気はないぞ」
「いえ、聞いてください。ロングレイン侯爵令嬢を青嵐宮に受け入れたるべきです」
「なんだと?」
レニオスはエドガーをぎろっと睨む。
「ロングレイン侯爵家はリーヴ有数の名門貴族です。かの家の令嬢が侍女として殿下に迎えられれば、周囲は正式な婚約は秒読みであり、ロングレイン侯爵家が全面的にレニオス殿下を支持していると見るでしょう。ロングレイン侯爵家と懇意にしている家門も殿下を支持するはずです」
「周囲がきな臭い今こそ、足固めをすべきだと言いたいのか?」
「その通りです」
エドガーは頷く。
レニオスは内心で舌打ちをする。
全く気が進まないが、エドガーが言わんとしていることは理解できた。
(気は進まないが、殺されては元も子もない。ここは提案を聞き入れるべきか……)
レニオスははあっと息を吐く。
「……お前に任せる」
「では、ご了承いただけたと判断して進めさせていただきます」
エドガーはほっと息を吐く。
「そろそろ夕食のお時間ですので、食事をこちらに運ばせます」
「ああ」
エドガーは打ち合わせを終えると、部下たちがいる執務室へと向かう。
暫くすると、一人になったレニオスの元に、夕食が運ばれてきた。
(今日は、エノレアと約束していない日か)
暖かな湯気が立つ料理を、レニオスはひとくち食べる。なぜか、味気ない気がしてフォークを持つ手を止めた。
「あいつがあまりに美味しそうに食べるものだから、一人だと調子が出ないな……」
そもそも褒美として食事に招待しているのだから、食事を共にしない日のほうが圧倒的に多い。けれど、いつの間にか、着実に、エノレアはレニオスの生活の一部になりつつあった。
(エノレアは、今日の夕食に何を食べているのだろう)
ふと、そんなことを考える。
なぜこんなにも彼女のことが気にかかるのか、自分でも掴み切れなかった。
◇ ◇ ◇
それは、次年度予算編成に関する会議を終えてエノレアがひとりで移動しているときのことだ。
分厚い予算書を積み重ねたものを運びながら歩いていると、前方から見慣れた人物──レニオスとエドガーが歩いてくるのが見えた。
「殿下、ごきげんよう」
「ああ。……何を持っているんだ?」
「予算申請書類です。次年度予算編成の打ち合わせをし始めているので」
エノレアは答える。
最終的な予算編成が完成する前には、各部に次年度予算の要望額を聞きその必要性を精査する。今まさに、その佳境なのだ。
「重いのではないか?」
レニオスは書類の束を見て、眉間にしわを寄せている。
「まあ、重いですが全然問題ないです。山道を薪を担いで運ぶのに比べたら、綿毛みたいなものですね」
「綿毛……」
何冊もある分厚い書類が綿毛のはずがない。普通の令嬢であれば、持ち上げることすらできないだろう。
当のエノレアはなぜそんなことが気にかかるのか、きょとんとした顔をしている。
「貸せ。運んでやる」
「ええ⁉ 大丈夫です。私、こう見えても力持ちなんで」
「知っている」
暴漢に回し蹴りを食らわせ一撃で退治し、森では熊と戦い、大量の薪を背負って歩いている女である。並の令嬢、いや、並の男より力があることは、レニオスも嫌というほど理解していた。
だが、なぜだが放っておけない。




