4.第三王子と万能令嬢(6)
興味深げにこちらを見つめるレニオスが楽しげに見えて、エノレアはドキッとする。
(この胸のざわめきは何?)
自分に問いかける。
胸のあたりがざわざわとするこの感覚は……森でときどき感じたものだ。
(これ、殺気!)
間違いない。近くに、自分たちを狙っているモノがいる。
「殿下、失礼」
エノレアはレニオスの前に立つと、彼を壁にドンと押し付ける。
背後を壁に付けたほうが狙われにくいからだ。
「おい、エノレア⁉」
レニオスの目がまん丸に見開かれる。
女に壁ドンされるなんて初めでだろうから驚くのも無理はないが、今はそれどころではない。
「これ持って!」
エノレアは持っていた菓子をレニオスに押し付ける。
そして、彼の肩に手を置いて支えにすると、背後からナイフを振りかざした男に回し蹴りを食らわせた。
「ぐはっ!」
見事に命中したキックで、男は仰向けに倒れる。いかにもガラの悪そうな、三十代半ばの男だった。
さらに、男の手あったナイフを蹴り飛ばした。
「この女っ!」
起き上がろうとした男にエノレアは躊躇なく飛び掛かる。こういうときは、怯んだら負けなのだ。
男の首に全体重をかけ、動きを封じる。そして、彼の両手を頭の上で捻り上げ、強く引いて肩の関節を外した。
「うわあー、痛え! 痛えよ!」
男が悲鳴を上げる。
エノレアはその男を、冷ややかな目で見下ろした。
「痛くしたのだから当たり前よ。それより今、私たちのことを襲おうとしていたわよね?」
「助けてくれ! この女、化けもんだ!」
そうこうするうちに、町の警邏が駆け付ける。
男は自分が襲われたと主張したが、エノレアが第一級文官の身分証を見せると警邏はあっさりとエノレアの話を信用してくれた。それに、手にナイフを持っていたのを道行人が目撃していたのも決定的な証拠になった。
「お二人の身なりがいいので、金品を強奪しようとしたものと思われます」
警邏隊の責任者は神妙な顔で言う。
「捜査結果は、青嵐宮まで報告を上げてくれ」
「かしこまりました」
責任者は深々と頭を下げた。
エノレアとレニオスは、この騒ぎの最中に到着していた迎えの馬車に乗り込んだ。
「その……助かった。礼を言う。……お前は体術もできるのだな」
レニオスは以前、窃盗犯を捕えた謎の美女がエノレアなのではないかという噂が立っていたことを思い出す。半信半疑だったが、今の動きをみる限り彼女で間違いなさそうだ。
「はい。山では、熊や猪に襲われることもあるので護身は基本中の基本です」
「熊と戦うのか?」
「ときどきですけど。熊って顔を狙って鋭い爪のついた手で殴りかかってくるので、スピードが勝負です」
エノレアは大まじめに答える。
(熊と戦う? 本気か?)
王族や貴族は狩猟を嗜むが、猟銃を持っていても熊相手だと命を落とすことも多い。エノレアのような線の細い令嬢が戦えるとはとても思えなかった。
しかし、先ほどエノレアが自分より二回りくらい大きな屈強の男を一撃で仕留めたのを見てしまっては、信じざるを得なかった。
「それも、木こりの父親に教わったと?」
「はい」
エノレアは頷く。
「殿下に怪我無くてよかったです」
にこっと微笑むエノレアを見て、胸がぎゅっと締め付けられる。
(なんだ?)
レニオスは、自分の胸のあたりを軽く触れる。
「どうかなさいましたか?」
「今、締め付けられた気がした」
「ええ! 軽い狭心症じゃないですか? 過労ですよ、きっと。休んでください」
エノレアは早口で捲し立てる。
「そうか、これは過労か……」
確かにそうかもしれない。
青嵐宮の主となってから、休みらしい休みを取った記憶がない。
「では、今夜はゆっくり休むことにする」
「はい。それがいいです。このお菓子、食後に一緒に食べましょう」
エノレアは菓子が入った紙袋を自分の顔の横に持ち上げて微笑む。
また、胸のあたりがざわついた。
◇ ◇ ◇
橋梁の視察から二週間が経った。
青嵐宮では、レニオスはエドガーを執務室に呼び、打ち合わせをしていた。
「さすがにおかしいです」
そう言ったのは、エドガーだ。
「この前の馬車の件に加え、暴漢にも襲われるし、先日は馬が暴れ出し、昨日は植木鉢が落ちてきました。こんなに立て続けにトラブルが起きるなんて、考えられません!」
エドガーは興奮気味に訴える。
発端は、視察の際に馬車の車軸が削れていたことだった。その際は前回乗った際に硬い石にでもぶつかって傷ついたのだろうとしか思っていなかった。
しかし、その日のうちに暴漢に襲われ、その後も次々とレニオスの周辺で不審な出来事が発生している。
乗っていた馬が急に暴れ出す。通行中に植木鉢が落ちてくる……。
さらに不審なのは、先日レニオス達を町で襲ってきた暴漢が牢の中で死んだという知らせが来たことだ。食べ物を喉に詰まらせたようだという検視結果だったが、口をふさぐために殺されたと考えたほうが自然だ。
「誰かが糸を引いている可能性は高いな、犯人の狙いは俺か……」
「はい、そう思います。真犯人を早急に見つけるべきです。このままでは、殿下の身に何があるかわかりません」
「俺を心配してくれるのか?」
「当たり前でしょう! このままでは安心して仕事に集中できませんよ」
「それは大変だ。お前がいないと、青嵐宮は回らないというのに」




