4.第三王子と万能令嬢(5)
「悩みすぎだろう。日が変わってしまいそうだ」
ケースの前に立ち尽くして悩み続けるエノレアを見て、レニオスは呆れたように言う。
「すみません。味の想像がつかなくて、どれを買えばいいのか迷ってしまって──」
「なら、全部買えばいいだろう?」
「全部⁉ それはさすがにやりすぎかと。普通に仕事しただけなのに、頂きすぎです」
エノレアは両手のひらをレニオスに向け、謹んで固辞する。
それを見たレニオスは目を丸くして、くくっと笑った。
「お前は、妙なところで随分と真面目だな」
胸がドキッとした。楽しげなレニオスから、目が離せない。
口の端を上げてクールに笑う姿は何度も見たことがあったが、こんなふうに楽しそうに笑う姿を見るのは初めてだったから。
「おい。この場でいくつか試食させてやってくれ」
「かしこまりました」
レニオスは店員に指示する。店員は、おすすめの品をチョイスして銀のトレーに載せると、それをレニオスとエノレアの前に置いた。
レニオスはそのひとつを摘まみ上げると、エノレアの口元に差し出す。
「食べてみろ」
レニオスが差し出したのは、小さなフルーツの形をしたピンク色のお菓子だった。
「え⁉ 自分で食べられます」
エノレアは顔を赤くして断る。
「いいから」
ずいっと菓子を口元に持ってこられ、エノレアは戸惑う。
(このままじゃ、埒が明かないわよね? えーい!)
思い切ってそれを口に含むと、口いっぱいに甘さが広がった。
「美味しい! 何これ!」
「こちらはフルーツゼリーでございます」
「ゼリー? これ、ゼリーなんですか⁉」
エノレアはびっくりして聞き返す。
ゼリーなら、レニオスに招待された晩餐で一回だけ食べたことがある。ただ、それはカップに入っていてもっとトロトロだった。
今食べたものは触感がしっかりあったので、エノレアの知るゼリーとは全く違う。
「こっちも食べてみろ」
次にレニオスが差し出したものは小さな球状のもので茶色かった。
エノレアはそれを見て、眉間にしわを寄せる。
「どうした?」
「いえ……見覚えのあるものに似ているので、少々戸惑いまして──」
エノレアはふいっと目を逸らす。
(何これ⁉ 見た目が完全に鹿のXXなんですけど⁉)
別物だとわかっていても、これを口にするのは勇気がいる。
「ほら」
レニオスはエノレアの動揺など全く気付かぬ様子で、それもエノレアの口元に差し出してきた。
エノレアは覚悟を決め、ぱくっとそれを食べる。
「……美味しい!」
エノレアは感動の声を上げる。鹿のXXもどきのくせに、こんなに美味しいなんて!
「これは、ミルクショコラだ。これを使った菓子が、そこにたくさん置かれている」
レニオスが視線で示したほうを見ると、茶色の菓子が複数並んでいた。
「ミルクショコラ……」
エノレアは初めて聞くその菓子の名前をしっかりと頭の中に刻む。
(お父さんにも見せてあげたいわ。絶対『鹿のXXなんて食うか!』って大騒ぎしたあと、美味しくてびっくりするはず)
その様子が想像できて、エノレアはくすっと笑う。
「どうした? 何か、楽しそうだな」
「父にも食べさせてあげたいなと思いました」
「父? 木こりのか?」
「はい。そうです。このお菓子を見たら、きっとびっくりすると思います」
エノレアは頷く。
レニオスは少し考えてから、「では、お前の父親の分も買おう」と言った。
「え? いいのですか?」
「手紙と一緒に送ってやれ」
「ありがとうございます!」
エノレアは表情を明るくしてお礼を言う。
(お父さん。私、とってもいい上司に恵まれたよ)
手紙は何度か送ったが、それでもきっとエノレアが王都でうまくやれているか心配しているはずだ。このお菓子と一緒に、また手紙を送ろうと思った。
たくさんのお菓子を買って店を出る。
あたりを見回したが、馬車はまだ戻っていなかった。
「馬車、まだ戻ってないですね」
「この時間帯は通りの人通りが多いから、うまく進めないのだろう。エドガーと別れて三十分経っているから、そろそろ来るはずだ」
「そうですね」
エノレアとレニオスは、通りの端により馬車を待つことにした。
ふと、道行く人々がちらちらと自分たちのほうを見ていることに気付く。
(何を見ているんだろう?)
ちょうど目の前を通った、頬を赤くした若い女性の視線をエノレアは追う。
(殿下を見てる?)
エノレアはレニオスの横顔を窺い見る。
高い身長に程よく鍛えた体躯、そして、彫刻のように整った顔立ちは少し冷たそうに見える。だからこそ、さっき屈託なく笑う姿を見て、こんな表情のできるのかと驚いた。
(綺麗な顔……)
そこまで考えて、ハッとする。
(私、何考えているんだろ。上司に対して不埒だわ!)
エノレアは前を向いて気を引き締める。すると、横からくすっと笑い声が聞こえた。
「さっきから百面相だな。何を考えている?」
「え?」




