4.第三王子と万能令嬢(4)
レニオスが一歩前に出る。
「エドガー。代わりの馬車の手配を。それとお前」
レニオスにじろっと睨まれた御者は顔を真っ青にして震えあがる。
「出発前に異変がないか確認していないのか」
「も、申し訳ございません」
「王族が乗る馬車は必ず使用前に点検をすることになっている。つまり、決められた手順すら守っていなかったということだな?」
「そ、それは……」
御者は気の毒なほどに青くなっていた。手や肩は小刻みに震えている。
「青嵐宮にこのような能無しがいるとは、非常に残念だ。今をもって、お前を解雇する」
「そ、そんなっ! 私には養っている妻と娘が──」
「俺には関係ない」
レニオスは、冷たく言い放った。
結局、エノレア達は馬車の変更や代理の御者の手配などで一時間ほど遅れて青嵐宮を出発した。
「エノレア。どうしてお前は、あの馬車に異常があると気付いた?」
レニオスは斜め前に向かい合って座るエノレアに尋ねる。
「匂いです」
「匂い?」
「はい。木を削った、比較的新しい香りがしました」
「……それも、木こりの知識か?」
「はい」
エノレアは頷く。レニオスはそれを聞き、黙りこんだ。
また木こりだ。
(木こりとは、一体……)
エノレアの話を聞いていると、まるで木こりという職業が何でもできる万能職のようにすら思えてくる。
「とにかく、お前のおかげで大事故になる可能性があったものを未然に防げたのは間違いない。礼を言う」
「いえ、お構いなく。当然のことをしたまでです」
「……当然か」
「はい。だって、レニオス殿下は私たちの主ですから」
エノレアは淀みなく答える。
「それに、レニオス殿下が元気でいらっしゃらないと、美味しい晩餐をいただけなくなってしまいます」
一瞬の静寂ののち、エノレアの隣に座るエドガーが、ぶほっ吹き出した。
レニオスも一瞬だけ目を丸くしたあと、小さく息を漏らす。
「それもそうだ。では、今回は晩餐に加えて、持ち帰れる菓子類も用意させよう」
「え、本当ですか? ありがとうございます!」
エノレアは目をキラキラと輝かせる。その姿は、まるで子供のようだ。
「その代わり、今後も俺のためにしっかり仕えろ」
「もちろんです」
即答するエノレアは、お菓子をもらえるのがよっぽど嬉しかったのかにこにこの笑顔だ。
(普通、食べ物ぐらいでこんなに喜ぶか?)
レニオスには理解できない感覚だ。だが、見ていて嫌な印象は全くなかった。むしろ、こんなものでこんなに喜ぶ姿は──。
「……可愛いな」
「え? 何か言いましたか?」
レニオスはハッとする。
(俺は今、何を──)
こんな言葉を口走るなんて、自分でも驚きだった。
一方のエノレアは、きょとんとした顔でレニオスを見ている。エドガーにも聞こえていなかったようで、怪訝な顔をしていた。
「なんでもない」
「そうですか?」
「視察先の橋梁までは一時間以上かかる。ふたりとも休んでろ」
「はい」
レニオスは話を切り上げると、腕を組んで目を閉じる。
馬車の中に、静寂が訪れた。
◇ ◇ ◇
予定通りの視察を終え、エノレア達が帰城したのは夕方近くになってからだった。
青嵐宮の手前、城下の一番賑やかな通りで、レニオスが御者に「この辺で止めてくれ」と声をかける。
「どうかしたんですか?」
エノレアは不思議に思って尋ねる。
「お前に菓子をやる約束をしているだろう? 選びに行くぞ」
「え? はい!」
まさか今日この場で選ぶとは覆っていなかったので、エノレアは戸惑いつつも頷く。
「エドガーも一緒に行くか?」
「私は先に青嵐宮に戻って、今日の記録を作成させていただいてもよろしいでしょうか?」
「無論、構わない」
レニオスは頷く。
「では、青嵐宮に戻ったら、馬車だけここに戻るように手配します」
「ああ、頼む」
レニオスとエノレアの二人で馬車を降りると、ちょうど夕食の食材を買い求める人々で通りは賑わっていた。エノレアは周囲を見回す。
「この辺にお菓子のお店があるのですか?」
「王室御用達の菓子店がある。そこだ」
レニオスが指さすほうを見ると、高級宝飾店と見紛うばかりの、石造りの白亜の建物あった。ここに何かの店があることは知っていたが、敷居が高そうなので、エノレアは一度も入ったことがない建物だ。
ドアマンがドアを開け、店舗に入る。
店内にはガラスのショーケースがあり、その中には宝石のように美しい菓子の数々が飾られていた。
(うわー。これ、全部お菓子なの?)
エノレアはびっくりして、その菓子の数々を眺める。
世の中にこんなに美しい菓子があるなんて、まったく知らなかった。
「好きなものを選べ」
「あ……はい」
エノレアは恐る恐るショーケースに近づく。
見たことのないお菓子ばかりで、どれを選べばいいのか迷ってしまう。見ても、味の想像が全くつかないのだ。




