4.第三王子と万能令嬢(3)
御前会議が開催されてから数日が経ったこの日、レニオスは城下に視察へ向かうことになっていた。
「エノレア、オリバー。これまでは宮殿内での業務に専念してもらっていましたが、今後はあなた達も視察に同行するようにしてください」
エドガーにそう告げられると、オリバーは驚いたように立ち上がった。
「僕たちが? いいのですか?」
「ええ。殿下は王宮にいるだけでは見えない民の様子と現場の状況を知るため、定期的に視察に行かれます。一緒に回ることも勉強になるでしょう」
エドガーは頷く。
「はい。頑張ります!」
オリバーは表情を明るくする。
「エノレアもいいですね?」
「はい。もちろんです」
エノレアも頷いた。
「よろしい。それでは、早速本日の視察からどちらかひとり同行してもらいたいのですが──」
そう言いながら、エドガーはエノレアとオリバーの執務机を見る。資料が山積みになっているオリバーの机に対し、エノレアの机は整然としていた。
「オリバーはやるべき仕事がだいぶ残っていそうですね。今日はエノレアが同行してください」
「はい」
「……はい」
はきはきと返事したエノレアに対し、オリバーはがっかりと項垂れる。
「いいなあ、エノレア」
「次回はオリバーに譲るわ」
「うん、ありがとう。まずはこの仕事を終わらせるよ」
オリバーは目の前に山積みになった書類を恨めし気に見る。
「楽しんできてね」
「ええ。しっかり勉強してくるわ」
エノレアは拳を握って頷く。
今日レニオスが視察を予定しているのは、数か月後に竣工を控えた橋梁の工事現場だ。この橋ができると、青嵐宮治めている地域と王都との交通の便が格段に向上するはずだ。
エノレアはすぐに出かける準備をして、馬車に乗り込むために青嵐宮の正面入り口に向かった。護衛騎士か傍に立って、馬車が停まっている。
(殿下は……まだいらっしゃらないようね)
周囲を見回すが、レニオスとエドガーはまだ来ていないようだ。エノレアは停まっている馬車を見る。
「わあ。これが殿下の乗っている馬車……」
視察用の馬車なので装飾の少ない小型馬車なのだが、それでもエノレアのよく知る乗合馬車とは比べ物にならない豪華さだ。
「第一級文官のエノレア・グレイです。今日は殿下の視察に同行します」
エノレアは馬車のわきに立つ騎士に声をかける。
「この馬車、もっと近くで見てもいいかしら?」
「問題ありません」
騎士が頷く。その返事を聞き、エノレアは表情を明るくした。
(せっかくだから、よく見ておこう)
わくわくしながら車体に触れようとしたそのとき、すんと懐かしい香りがしてエノレアはおやっと思う。
「この香りって……」
それは、木材を切断した際のおが屑のような香りだった。ガレスが木こりだったので、エノレアにはとてもなじみのある香りだ。
「馬車に薪でも積んだのかしら?」
エノレアは不思議に思う。けれど、目の前の馬車はどう見ても薪を積む用途に使うようには見えない。
「つかぬことをお聞きしますが、最近この馬車に薪や作り立ての木刀などを積みましたか?」
エノレアは、先ほどと同じ騎士に尋ねる。
「私が知る限り、ありません」
「ですよね。うーん……」
エノレアは顎に手を当てる。
(間違いなく匂うのだけど……。どこが香りの発生源かしら?)
馬車の周囲を一周回って眺め、特に異常がないことを確認してから今度は車輪の下側を覗き込んだ。
「エノレア? 何をしているのですか⁉」
ちょうどそこに、レニオスとエドガーがやって来くる。エドガーは明らかに不審な行動をしているエノレアを見て、ぎょっとした。
「あ、レニオス殿下にエドガー様! 実はちょっと気になることがあって……あ、やっぱり!」
エノレアは何かを見つけたよう、大きな声をあげる。
「どうした」
レニオスが一歩前に出て、問う。
エノレアはしゃがみ込んだまま。車体の下を指さした。
「レニオス殿下、エドガー様。この車輪の軸、大きく傷ついて削れてしまっています。このまま出発すると途中で耐え切れず折れてしまい、大変なことになるかもしれないので馬車を変えたほうがいいかと」
「なんだって?」
眉を顰めたエドガーがエノレアの隣から車体の下を覗き込む。エノレアの言う通り、車軸が大きく傷付き。軸の太さが本来の半分もない。
「本当だ。あと少しで折れそうだ」
エドガーは青ざめる。
「このまま街道を走れば、車輪が外れて横転していたかもしれません」
その場が静まり返った。




