4.第三王子と万能令嬢(2)
「おい、そこのお前。この汚いゴミをどこかに持っていけ。目障りだ」
「は、はい」
また別の文官が攻撃の標的にされる。彼は大袈裟なくらい震える手で必死に気を失った同僚を抱え、部屋を出て行った。
誰も声を発するものはおらず、部屋の中がシーンと静まり返る。
「ちっ! 使えない奴らだ」
レオナルドはコツコツと音を鳴らしながら部屋を横切り、置いてあった椅子のひとつにどしんと座る。
白雪宮が準備した報告書については、もちろん事前にレオナルドも確認をした。その出来栄えは、決して悪いものではなかった。
ただ、今日に限って言えば青嵐宮の出来栄えが非常によかったのだ。
従来の報告書は、「税収」「治安」「農作物の収穫量」といった項目ごとに数字を並べるだけのものだった。白雪宮を始めとする各宮殿の文官たちはいつも通りの資料を用意した。
しかし、一箇所だけいつもと違う報告書を用意した宮殿があった。青嵐宮だ。
青嵐宮が用意したものは、治めている各地域の状況を地図と照らし合わせながら一目で把握できるよう整理され、前回の報告から何が改善し、何が悪化したのかがわかるようになっていた。
さらに、犯罪件数の増加と失業率、収穫量の減少と物価の上昇など、一見無関係に思える数字の関連性まで簡潔な注釈として添えられている。
そして最後には、『今後三か月で優先的に取り組むべき課題』が重要度順にまとめられていた。
「あいつ、いつの間にあんなものを作っていたんだ」
レオナルドは忌々しげに呟く。
青嵐宮の主であり、腹違いの弟でもあるレニオスのことは、昔から気に入らなかった。
小さなころからいつも澄ました態度を取っており、年上であるレオナルドが何かを命じても、すぐには従わずにじっと見つめて来る。
中でも一番腹が立ったのは、レオナルドが十歳、レニオスが八歳の頃のことだった。
──その日、王宮の庭でレオナルドは友人と騎士ごっこをしていた。そのとき、従者を連れたレニオスが近くを通りかかった。
「おい、レニオス。いいところに来た。お前の従者を貸せ」
「どうしてですか?」
「騎士には敵が必要だ。敵役をやらせるには適任だろう?」
レオナルドと一緒にいた友人達は全員高位貴族の令息だ。その点、レニオスが連れていたのは平民出身の線の細い若者だった。平民であれば、痛めつけても誰にも文句は言われない。
第一王子である自分に逆らう者などいない。
そう思って当然のように命じたのだが、レニオスの返事は予想外のものだった。
「嫌です」
「なんだと?」
「兄上たちは五人、私の従者はこの者一人だけです。それでは騎士ごっこではなく、ただの弱い者いじめでしょう」
レオナルドは頬が熱くなるのを感じた。
「生意気な! 私の命令が聞けないのか!」
「正しい命令なら従います」
レニオスは怯むことなく言い返してくる。
その真っ直ぐな眼差しが、無駄に整った顔立ちが、そして圧倒的に不利な状況なのに全く怯える様子がない凛とした態度が、たまらなく憎らしかった。
腹を立てたレオナルドは木剣を振り上げ、力任せにレニオスに打ちかかった。だが、レニオスは身を屈めてその攻撃をかわすと、逆にレオナルドの足元を軽く払った。
「うわっ!」
不意を衝かれた攻撃に、レオナルドは芝生の上に尻もちをつく。
「騎士のまねごとをするなら、もう少し真剣に剣の稽古をなさったほうがいいと思います」
あの冷えた眼差しを、レオナルドは一生忘れないだろう。
あんな屈辱を味あわされたのは、後にも先にもあれだけだ──。
あの日から、あの澄ました顔を見るたびに、レオナルドの胸には黒い感情が湧き上がるようになった。
年下のくせに。
妾腹の子供のくせに。
あのとき抱いた苛立ちが、再び蘇る。
「あの男、つくづく邪魔だな」
レオナルドはぼそりと呟く。
第二王子はレオナルドと同じ母親から生まれた弟で、基本的にレオナルドに歯向かうことはない。そして、第四王子は元々芸術の世界を目指しており王座に興味がなく、第五王子は歳が離れているのでまだ政治のイロハを習得できていない。
つまり、現時点でレオナルドの最大にして最強のライバルはレニオスであり、彼さえ排除すれば王座は決まったも同然だ。
「おい。そこのお前」
レニオスは近くにいる文官に呼びかける。
「はい」
呼ばれた文官はすぐに近寄ってきた。
「お前はたしか、昨年の第一級文官試験でトップ合格した秀才だったな? そんなお前に問う。次の国王になるのは誰だ?」
「それはもちろん、レオナルド殿下でございます」
文官は一切淀みのない口調で答える。
「ああ、当然だ。ところで、俺が王座に上がるに当たって邪魔になりそうな弟がひとりいるとは思わないか? あいつを、消してこい」
「消す、とは……」
文官は戸惑い気味に聞き返す。
「察しの悪い男だ。秀才というのはでまかせか? わからないなら、よくわかるようにお前をまず消してやろうか?」
「いえっ! 謹んでお受けします」
文官は真っ青な顔をしたまま、頭を下げる。
「頼んだぞ。期待している」
レオナルドはにっと口の端を上げた。




