4.第三王子と万能令嬢(1)
昼下がりの青嵐宮。
エノレアとオリバーは仕事をしながら、世間話をしていた。
「それがね、信じられないほど美味しかったのよ。海老をボイルしたものにソースが掛っていたんだけど、そのソースが美味しいなんて言葉じゃ言い表せないほど美味しくて──」
昨晩食べた料理がいかにおいしかったかを熱心に力説しているのはエノレアだ。
「ふーん、よかったね」
「オリバーも一緒に食べればよかったのに」
「いや、僕はいいよ。海老は苦手だから」
「本当に? すごくおいしいのよ? 本当においしいのよ?」
「まあまあ。食べ物の好みは人それぞれだから」
オリバーは苦笑する。
エノレアは、信じられないと言いたげな目でオリバーを見た。
この世にあれが嫌いな人がいるなんて、信じがたい。エノレアなんて、食べた瞬間にこの世にこんなにおいしい料理があるものなのかと衝撃を受けたというのに!
初めてレニオスに晩餐に招待されたのが一カ月ほど前のこと。その後もエノレアは、度々レニオスと食事を共にしていた。何か成果をあげると、褒美として招待してくれるのだ。
ちなみに、オリバーは褒美に何が欲しいか聞かれたときに『もっと座り心地のいい椅子』と答えたので晩餐には招待されていない。エノレアからするとあの晩餐を食べられる機会を捨てて椅子を取るなんて信じがたい選択だが、オリバーからすると椅子のほうが何倍も価値があるらしい。価値観は人それぞれなようだ。
「それにしても、エノレアって本当に美味しそうに食事をするから、一緒に食べているレニオス殿下も嬉しいだろうね」
「嬉しい?」
「うん。食事に招待した相手が喜んでくれたら、誰だって嬉しいだろ?」
「そうだったらいいのだけど。また美味しいご飯が食べたいから頑張ろうって思えるの」
「ははっ。エノレアは本当に美味しいものに目がないね」
オリバーは楽しげに笑った。
どこからか談笑の声が聞こえてくる。声のほうを見ると、同じ執務室を使っている先輩達が楽しげに話していた。
「──今日はみんなのんびりね」
「うん。ここのところ、御前会議の準備で大忙しだったから。羽を伸ばせるのも今日ぐらいだよ」
オリバーはこそっとエノレアに告げる。
そのとき、執務室の扉が開く。現れたのは、エドガーだった。
「エドガー様。御前会議はいかがでしたか?」
先輩文官のひとりが声をかける。
「我々青嵐宮の存在感を存分にアピールしてきた。レニオス殿下も非常に満足しておられる」
朗らかな笑顔でエドガーが告げると、わあっと室内に歓声が上がる。中には、ハイタッチして同僚と喜びを分かち合っている文官もいた。
御前会議はその名の通り国王の御前で行う会議のことで、三カ月に一回行われる。青嵐宮を始めとする全ての宮殿の主が出席し、担当している地域の状況などについて報告するのだ。
次代の国王にふさわしい王子が誰かを見定める場にもなるので、その重要性は言うまでもない。
「殿下より、本日は特別に早上がりを認めるとお達しがありました。皆、今日はよく休んで明日からまた頑張ってください」
執務室内に、先ほどより大きな歓声が沸き起こった。
◇ ◇ ◇
ここは白雪宮。主である第一王子のレオナルド・アッシュフォードは苛立っていた。
「なんだ、あの出来栄えは! この無能共が!」
執務室に怒声が響き渡る。
所属する文官たちは皆、膝まづいて頭を下げたままじっとレオナルドの怒りが収まるのを待っていた。
レオナルドがここまで苛立っている理由。それは、先ほどまで開催されていた御前会議が原因だ。
御前会議では、五人いる王子たちがそれぞれ治めている地域の状況を国王に報告していく。今日もいつも通りその報告が行われたのだが、青嵐宮のレニオスが国王に褒められ、他の王子たちは彼を見習う様に諭されたのだ。
これは、レオナルドにとって耐えがたい屈辱だった。
「おい、お前。俺に恥をかかせてどういうつもりだ?」
レオナルドはたまたま一番近くにいた文官の頭を足で小突く。標的にされた文官は小刻みに震えながら、益々頭を低くした。
「滅相もないことです。レオナルド殿下は我々の頭上に輝く太陽──」
「ならば、なぜあのような出来栄えの物を用意した!」
最後まで言い終わる前に、レオナルドは文官の頭を思い切り蹴る。その勢いで転がった文官はその場に倒れ、気を失った。




