3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(7)
「お呼びでしょうか?」
「ああ、よく来たな」
なぜ自分がレニオスの執務室に呼ばれたのか見当がつかないようで、エノレアはきょとんとした表情をしている。
「ここにきて二カ月以上が経つが、青嵐宮での仕事はどうだ?」
レニオスは、エノレアはすぐに青嵐宮を辞めることになるかもしれないと思っていた。
不正をしている可能性があったし、もし不正していなかったとしても青嵐宮の文官は長続きしない者が多いからだ。
毎年新人を採用しているものの、レニオスのこなす仕事量とレベルに見合う働きをすることができず、一年後も残っている確率は五十パーセント以下だ。
「とても楽しく働かせていただいております」
「仕事が多くて辛くはないのか?」
「うーん、辛くないですね。父の特訓のほうが厳しかったです」
「父?」
「はい。木こりです」
エノレアは頷く。レニオスは暫く黙り込む。
「……俺の知る木こりは、ただ山で木を切るだけの職業だ。お前の父親は、普通の木こりとはだいぶ違う」
レニオスはそう言いながら、エノレアの様子を観察する。もし何か隠していることがあるとすれば、表情に出ると思ったのだ。
「え? そうなんですか? 父以外に木こりと関わったことがないので」
エノレアは驚いたような顔をする。見る限り、その様子に嘘をついている気配はない。
「……お前が前回、定例会議で指摘した教育施設建設の見積もりに対する違和感。再度詳細を確認したところ、不要な原材料が水増しされていることがわかった」
「あ、そうなんですね。発注前にわかってよかったです」
「褒美は何が欲しい?」
レニオスは両肘を机に付き手を組むと、エノレアをじっと見る。
(さあ、何を望む? エノレア・グレイ)
万が一エノレアがどこかの組織の回し者である場合、この絶好のチャンスを見逃すはずがない。何かしらの、政治的見返りを求めるはずだ。
「うーん、そうですね……」
エノレアは頬に手を当てて悩む。しばらくして、パッと表情を明るくする。
「決めました」
「なんだ? 言ってみろ」
「夕ご飯に、ここの食堂で作ったお弁当が欲しいです」
「……なに?」
レニオスは思わず聞き返す。
「だから、夕ご飯にここの食堂で作ったお弁当が欲しいです。ここの食堂、本当においしくて最高なんです。私のお気に入りは豚肉の香草焼きで──」
エノレアは目を輝かせて、いかにここの食堂が素晴らしいかを話し出す。レニオスはその様子を、呆気にとられながら眺めた。
「……よほどお前は、ここの食堂が好きなのだな」
「はい。最高です。世の中にこんな美味しい料理があるなんて、知りませんでした!」
エノレアは大まじめな顔で答える。
(最高の料理の基準が、低すぎないか?)
エノレアがここの食堂の料理が大好きだと聞き、一度だけレニオスも同じ料理を用意させたことがある。食べた感想は、〝普通の料理〟だ。まずくはないが、特段美味しいとも思わなかった。
「わかった。では、褒美として今夜は最高の料理を用意しよう」
「ありがとうございます!」
「ただ、食堂の弁当はなしだ。今夜、晩餐に招待しよう」
「晩餐、ですか?」
「ああ、そうだ。追って連絡する。下がれ」
戸惑い顔のエノレアに、下がるよう指示する。
「エドガー。今夜は食事を二人分用意するよう手配してくれ」
「はい。かしこまりました」
エドガーは頷く。そして、じっとレニオスの顔を見つめた。
「なんだ?」
「いえ。レニオス殿下のほうから進んで女性を食事の席に招待するのは初めてだなと思いまして」
「ただの褒美だ。深い意味はない。部下が、この世で最高の料理が文官用食堂のものだと信じ込んでいるんだ。もう少し世界を広げてやるべきだろう?」
「それもそうですね」
エドガーは笑いながら頷くと、手配のために部屋をでる。レニオスはひとり執務室に残された。
(俺から女を食事の席に誘ったのは初めてだと?)
全くそんなつもりはなかったが、思い返せばそうかもしれない。
ここ数年はロングレイン侯爵家のリリアナを始めとする何人かの妃候補たちと定期的に食事を共にしているが、毎回エドガーが半ば無理やりにセッティングしている。
とは言っても、エノレアはその事実を知ったとしても「へえ、そうなんですか」と一言いうだけで感激することもないだろう。
(本当に、おかしな女だ)
知れば知るほど興味深い。こんなに異性に対して興味を持ったのは、初めてかもしれない。




