3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(6)
定例会議が終わったあと、レニオスは予定どおり外出した。以前から予定していた案件で、日程を組み直すとなると調整に手間どるからだ。
「よく晴れた外出日和です。エノレアの予想は外れそうですね」
馬車に乗り込もうとするエドガーは、空を見上げる。
「そうだな」
レニオスは相槌を打った。
多少の雲は出ているものの、全体的に青空が広がっている。大雨の予兆はどこにもない。
(今回ばかりは木こりの予想が外れたか)
ふと、戻ってきた後に外れたことを指摘したらエノレアはどんな反応を示すのだろうと考える。
おかしいと首をかしげるのか、誤魔化すのか、はたまた逆ギレするのか。普段から掴みどころのない彼女からは、どれも想像がつかない。
青嵐宮を出発した馬車は三十分ほどで目的地の紡績工場に到着した。
最近外国で開発された糸紬の機械を、他の地域に先駆けてリーヴでは初めて導入したのだ。その現物を見学しながら、レニオスは工場長の説明に聞き入る。
そのとき、外からゴゴゴ……と地鳴りのような音がした。
「ん?」
レニオスは窓の外に目を向ける。いつの間にか、青空は灰色の雲に覆われていた。
次の瞬間、ドッシーン! と地響きのような音が鳴る。
耳をつんざくような音に驚く間もなく、続けて聞こえてきたのは激しい雨音だ。
「まさか、雨か?」
「そのようですね。さっきまで快晴でしたのに、雷雨とは」
隣にいたエドガーも窓の外を見る。
「随分と激しく降っていますね。殿下の帰りの足に影響しなければいいのですが」
激しく降り注ぐ雨は、まるで白い線のように見えた。
これでは御者がうまく馬を操ることができないだろう。それに、長時間この大雨が続けば道がぬかるんで通れなくなるかもしれない。
「ここでやきもきしても天気は変わらない。説明を続けてくれ」
「はい、かしこまりました。こちらの機械ですが──」
工場長は気を取り直して、再び話し始める。それに聞き入る間も耳に入るのは、建物を打ち付ける雨音だ。
(大雨も、当たったな)
本当に天気を読むとは。
どれだけ才能を隠しているのかと空恐ろしい。
(彼女は一体、何者なんだ?)
とてもただの村娘だとは思えない。
結局、大雨が止むのを待ってから帰宅したため、レニオスは二時間近い時間を無駄にする羽目になった。
◇ ◇ ◇
定例会議から一週間が経った。
執務室にいたレニオスはエドガーが持ってきた資料を眺める。
「エノレアの言うことを聞いたのは正解だったな。建設費用が一割以上削減できた」
「はい。彼女がいなかったら、誰も気づかなかったでしょう」
エドガーは頷く。
原材料の仕入れ量がおかしいというエノレアの指摘を受けて、レニオスは見積書の内容の精査を指示した。その結果、不審な費用計上が多数含まれていることがわかったのだ。
工事会社は特命受注であることをいいことに、一見するとわからないように複数個所で費用の水増しを行っていた。レニオスがその工事会社への発注を永久的に禁止したのは言うまでもない。
「大雨も当たっていましたし、彼女には驚かされっぱなしです」
「天気の読み方は木こりの父親に教えられたと言っていたな。……その後、その父親に関して続けていた調査はどうだ?」
レニオスはエドガーに尋ねる。
こんなに色々なことを教えられる男がただの木こりのわけがないと疑問を覚えたレニオスは、以前密かにエノレアの父親について調べたが、結果は〝ただの木こり〟だった。しかし、どうにも納得いかず、再調査を命じていたのだ。
「現在住んでいる村の前に住んでいたという町まで調べましたが、なにも不審な点はありません。また、エノレアに特別な教師が付いていた形跡もやはりありません」
「そうか……」
前回と同じく、〝ただの木こり〟という調査結果だ。
(これだけ調べても不審な点がないとなると、本当にただ博識なだけの普通の木こりなのか?)
しかし、どこか納得できない。
(あるいは、青嵐宮の力をもってしても調べきれないほど精巧な偽装をしている? いや、まさかな……)
青嵐宮の調査能力はリーヴでもトップレベルだ。それを完全に欺くことができるとすれば、国家レベルでの育成が行われた最高ランクの諜報員くらいしか考えられない。
(エノレア・グレイ。不思議な女だ)
謎が多い女であることは確かだが、疑いようのない事実がひとつある。それは、彼女がかなり優秀で使える部下であるということだ。
「エノレアをここに呼んでくれるか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
エドガーは頷くと部屋を出る。暫くすると、エノレアを連れて再び戻ってきた。




