3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(5)
◇ ◇ ◇
エノレアが青嵐宮で働き始めて、そろそろ二カ月が経つ。
この日青嵐宮では、レニオスに各種報告が行われる月一回の定例会議が行われていた。エノレアとオリバーは議事録係として、会議の進行を見守る。
エドガーの進行に従い、文官たちは自分たちが担当している業務についてレニオスに進捗状況を報告していった。
「次に、各地域に建設予定の初等教育施設について、状況を報告してください」
「はい」
返事をしたのは、主に教育・子供政策を担う部署にいる中年の文官だった。
「先日、初等教育施設の建設について見積依頼を行いました。その結果が次のページにかかれているものです」
聞きながら、レニオスは資料を捲る。書かれていた金額は、これまで建設した初等教育施設の建設費より少し高い。一施設で見ればさほど大きな差ではないが、全部で十一の施設の建設を予定しているため全体で見ると無視できない額だ。
「前回に比べて値上がりしている理由は?」
「原材料費の高騰と聞いております」
レニオスに問いかけられた文官は、すらすらと答える。
(原材料費の高騰……。もう少し抑えたいところだが、あまり買い叩くと受注会社の利益が出なくなるか?)
悩んでいると、背後から「これ、おかしいですね」と声がした。
振り返ると、議事録を取っているエノレアだ。
「なんだ、お前は。この会議は新人議事録係が口を出していい場ではないぞ。身の程をわきまえろ!」
報告した文官が不機嫌そうに眉を寄せる。すると、エノレアはきょとんとした顔をした。
「え? そうなんですか? でも、冒頭でレニオス殿下が『皆、忌憚のない意見を聞かせてほしい』と仰っていました」
「ぶはっ」
横に座るエドガーが耐え切れない様子で噴き出す。
確かにレニオスは冒頭でそう言ったが、その対象に議事録係まで含まれているとは誰も思っていないだろう。
「なんて非常識な新人だ! エドガー殿、教育が足りておりません」
その文官がエノレアの上司であるエドガーに苦言を呈する。エドガーが何かを言おうとしているのを、レニオスは制止した。
「よい。確かに俺は皆に対して忌憚のない意見を求めた。それで、エノレア・グレイ。一体何がおかしいと言うんんだ?」
レニオスはエノレアに尋ねる。
エノレアの働きぶりはこの二カ月、注視して見てきた。採用試験で歴代一位を取るだけあり、確かに優秀だ。しかし、どうでもいいことでこの会議を中断させたのだとしたら、あの文官が言う通り教育し直す必要がある。
「ここを見てください。原材料にシルウッドと記載されています。シルウッドは南方で採れる木材で軽くて施工性に優れている一方で、密度が低く強度が弱いんです。ですので、耐久年数が低く建設用木材には適しておりません。ですが、この量は内装部分に使うにしては多すぎます。それに、ここの部分! 接合金具に──」
エノレアは見積書の項目のおかしな点をつらつらと説明していく。レニオスはそれを聞き、要は、建設しようとしている施設に対して原材料の品目に疑問があると言っているのだと理解した。
「お前が今説明したことは、どこで得た知識だ?」
「父に教わりました。木こりですので、木材や建設資材には詳しいんです」
エノレアは誇らしげに胸を張る。
(……また父親か)
エノレアは何を聞いても『父に教わった』という。一体どんなスーパー木こりなのかと思わなくもないが、今回に関しては木材に関する知識なので詳しくてもなんら不思議はない。
「確かにそれは気になるところだな。おい、この見積もりを持ってきた工事会社に内容について今一度確認をしろ」
「……っ殿下、このような小娘の言うことを聞くのですか!」
「木材の専門家の娘がそう言っているんだ。聞く価値はあるだろう?」
「しかし、発注遅れは工期遅れに──」
「発注は元々来月の予定だった。遅れないように、すぐに確認すればいいだけだろう?」
レニオスの指摘に、文官はぐっと言葉に詰まる。「かしこまりました」と言いつつも、その顔は不満に満ちていた。
その後もいくつかの議題が報告され、一時間ほどで会議は終了した。
ふと、エノレアがエドガーの背後を通り過ぎて吸い寄せられるように窓のほうに寄って行くのが見えた。視線で追うと、彼女は少し思案するような表情をしてからくるりとこちらに振り返った。
「レニオス殿下、エドガー様。少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
レニオスは聞き返す。
「このあと外出の予定だと思いますが──」
エノレアはレニオスとエドガーの顔を交互に見る。
「延期にしたほうがいいと思います。もうすぐ大雨が降るので」
「はい?」
オリバーが怪訝な顔をする。レニオスはエノレアの背後にある窓に目を向けた。
どう見ても雨など降りそうにない青空が広がっている。
「俺には晴れているように見えるが?」
「今だけです。夕方には土砂降りです」
「なぜそう思う?」
「あそこ、見てください」
エノレアは体の向きを少しずらし、空の一角を指差した。
「雲の形」
「雲?」
「それから風。少し冷たいです。海のほうから湿った風が来ています。そして、あの雲は少しずつ縦に伸びています」
レニオスはエノレアの説明を聞きながら、雲に目を向ける。言われてみれば確かに縦に長いように見えるが、普通の雲だ。
「夕方には崩れます」
断言するエノレアの様子に、レニオスは苦笑した。
「お前は天気を予言できるのか?」
「木こりは天気を読むんです。山で悪天候になると命に関わりますから」
「また木こりか。来年の採用時は、木こり経験者に優遇制度でも設けるか?」
レニオスはからかう様に言う。
どうやら木こりとは、知識豊富な万能職らしい。




