3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(4)
オリバーに伝えられた接客室に行く。ロングレイン侯爵とその娘──リリアナはレニオスの来訪に気付くと、立ち上がった。
「レニオス殿下にご挨拶申し上げます。少し早く着いてしまい申し訳ありませんでした」
申し訳ないという言葉とは裏腹に、その態度からは微塵の申し訳なさも感じられない。
「……今日はなんの用だ?」
「お忙しいようなので、こちらから参ったまでです」
「忙しいとわかっていながらこんなに頻繁に訪ねてくるとは、俺に対する嫌がらせか?」
レニオスは挑発するようにロングレイン侯爵を見つめる。ロングレイン侯爵のこめかみがぴくりと動いた。
「それは誤解です。私ほどレニオス殿下のことを心配している者は他にいないでしょう。未来の息子を気遣うおいぼれの気持ちをご理解ください」
「気が早いことだ。俺とロングレイン侯爵令嬢は正式に婚約しているわけではないはずだが?」
「殿下。八年前にお后様とロングレイン侯爵家で交わされた契約をお忘れですか。殿下は私の息子も同然。心配するのは当たり前ではないですか」
「心配、ね……」
レニオスはハッと鼻で笑う。
リーヴの王子たちは様々な色を有する宮殿を与えられるのが伝統だ。
それぞれの宮殿には国の地域が均等に割り当てられており、王子たちは自分たちの担当する地域を治めることで父である国王を助ける。そして国王は、王子たちの手腕を見比べることで未来の国王にふさわしいのは誰かを見定めるのだ。
レニオスは今は青嵐宮を与えられ、そこの主として自身が担当する地域を治めている。
しかし、いずれ兄弟の中で次の国王が決まり、彼の子供がある程度成長したら、ここを出ていくことになるだろう。
宮殿を去ることになった王の兄弟たちの行く末は様々だ。
王都から遠く離れた地方の自治を任されることもあれば、国の中枢に残って王を補佐する役目を拝命することもある。あるいは、反逆因子になると判断されれば全ての権力を没収されたうえで離島に追いやられることもあり得るのだ。
現国王は既に五十歳近い。政権交代は十年以内に行われるだろう。
レニオスが国王になれるのか、例えなれなかったとしても国の中枢で権力を維持できるのか、この男は気になって仕方がないようだ。
そして、いかにレニオスを利用してロングレイン侯爵家の権力をより強固なものにするかについて策略を練っている。
「心遣い、痛み入る。しかし、心配は無用だ。今年は優秀な新人も入ったしな」
レニオスは暗に、「お前には関係ない」と伝える。
「新人については私も噂に聞きました。今年、若い平民の娘が青嵐宮の第一級文官に採用された上に、レニオス殿下の腹心であるレインズ小侯爵の直属に配属されたとか」
ロングレイン侯爵は眉を顰める。
「このことで、白雪宮でなんと言われているかご存じですか?」
「なんと言われているんだ?」
レニオスは先を促す。
「問題の女は、レニオス殿下の市井の愛人であると」
あまりにも予想外の内容に、レニオスは大きく目を見開く。
「……愛人? 愛人だと? はは……っ、勝手に言わせておけ」
レニオスは笑いながら肩を揺らす。
申し訳ないが、エノレア・グレイを抱きたいと思ったことは一度もない。美人だとは思うが、それだけだ。
「しかし、これは青嵐宮全体の権威に関わることです。他の宮から嘲笑の的となります!」
「では、どうしろと? なんの落ち度もない新人文官を首にするのか? ただでさえ首が多くて万年人手不足なのに?」
「私に名案があります。我が娘を殿下の専属侍女に任命ください」
ロングレイン侯爵は、隣に座る娘──リリアナの肩を抱く。リリアナはレニオスをちらっと見て、頬をピンク色に染めた。
(要は、これが言いたくて押しかけて来たのか)
レニオスは失笑する。
王族が専属侍女を置くのは一般的なことだが、未婚かつ高位の貴族令嬢となるとその意味合いは全く違う。もしリリアナを専属侍女として迎え入れれば、誰もがレニオスとリリアナが特別な関係であると認識するだろう。
「大した忠誠心だな。もし俺が専属侍女にすれば、お手付きだと見なされるぞ?」
「その覚悟はできております」
うるんだ瞳に見つめられ、気持ちが冷える。
(子供でもできれば、結婚が早まり儲けものだとでも思っていそうだな)
専属侍女であれば寝室に忍び込むのも容易いだろう。
「提案には感謝するが、専属侍女は足りている」
「殿下! よくお考え下さい!」
「よく考える時間がないほど忙しいんだ。誰かさんが、どうでもいい話で頻繁に訪ねてくるせいでな」
冷えた瞳で見つめると、ロングレイン侯爵はぐっと言葉に詰まる。
「長居しすぎました。失礼する!」
憤慨した様子を隠すこともなく、ロングレイン侯爵は立ち上がる。そのままずんずんと出口へを歩いて行った。
ロングレイン侯爵とレニオスを見比べておどおどしていたリリアナが泣きそうな顔をする。
「殿下はわたくしがお嫌いですか?」
「俺がそばに置くかの判断基準は、役に立つか、立たないかだ。性欲処理ならそれ専門の女のほうが後腐れがなくていい」
「わたくしを娼婦と比べるおつもりですか!」
リリアナの顔が怒りで赤く染まる。
「覚悟ができていると言ったのは、あなただろう?」
「……っ、帰ります! 今日のこと、きっと後悔なさいますわ!」
リリアナはぎりっと奥歯を噛みしめると、出口へと歩いてゆく。勢いよくドアが閉まり、バシンと大きな音がした。
その一部始終を眺め、レニオスは思わず笑ってしまった。
あの気の強さで、よくまああんなしおらしいことを言えたものだ。




