3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(3)
「ロングレイン侯爵?」
レニオスは訝しげに聞き返す。
「今日の午後、面会の約束をしていたではないですか」
エドガーが答える。
「そうだった。……面倒だな」
レニオスはチッと舌打ちする。
ロングレイン侯爵家は、リーヴ国内でも有数の、歴史のある侯爵家だ。そこの当主であるロングレイン侯爵がここのところ頻繁にレニオスを訪問してくる。毎回毎回、年頃の娘も一緒であることを考えると彼らの魂胆は見え見えだった。
「娘を俺の妃にしたいのだろうが……生憎あの女には魅力を感じない」
「そう仰らずに。彼女、社交界では可憐な花として名を馳せているそうですよ」
「可憐な花はすぐに枯れる」
レニオスは忌々しげに答える。
「とは言っても、ロングレイン侯爵家には借りがありますから。実質的に、彼女は殿下の婚約者も同然です」
「わかっている!」
レニオスは声を荒らげた。
そう。レニオスにはロングレイン侯爵家に借りがあった。
あれはレニオスが十一歳のときのこと。リーヴ国内の有力貴族を集めて、ガーデンパーティーが開催された。表向きはただのお茶会だが、実際はレニオスの将来の側近や伴侶の候補を見出すための品定めの会だ。
そのパーティーで事件が起きた。
振る舞われた飲み物に、強力な毒が混入されていたのだ。
毒が入った飲み物を飲んだのは、ロングレイン侯爵家の次女であるリリアナ・ロングレイン。置いてあった近くのカップをたまたま手に取り、口にしたようだった。
王宮医務官の話ではまず助かることはないとされるような猛毒だったらしいが、リリアナは奇跡的に一命を取り留めた。
王宮騎士達の手で事件について徹底的に捜査が行われたが、犯人は結局わからなかった。王子の主催するパーティーで参加者に毒物が振る舞われるなど、大問題だ。もし犯人を明らかにできなければ参加した貴族たちの信用を失い、レニオスは将来の側近と伴侶を選ぶどころか、多くの家門からの支持を失うことになる。
そして、母である側妃の判断で、ひとつの政治的な取引が行われた。
ロングレイン侯爵家のもうひとりの娘を犯人にすることで、毒物事件はロングレイン侯爵家の内輪の騒ぎでありレニオスはその場を汚された被害者であることにしたのだ。
だが、それをするためにはロングレイン侯爵家の中に犯人役が必要だ。
そして、その矛先になったのは当時まだ七歳だったロングレイン侯爵家の庶子だった。当日、リリアナが倒れたことに動揺したロングレイン大夫人が庶子を犯人扱いしたことも、都合がよかった。
(……たしか、あの少女もエノレアという名前だったな)
今でも覚えているのは、緊張の面持ちでおどおどと自己紹介をする痩せた少女の姿だ。
王子のパーティーに参加するというのに使い古した質素なドレスを着ており、妹の引き立て役として連れてこられたことが、まだ子供だったレニオスですらわかった。
(仕方がなかったとはいえ、可哀そうなことをした)
母とロングレイン侯爵家の取引のことをレニオスが知ったのは、全てが終わって暫くした頃だった。すでに少女が雪深い冬山に追放されてから何カ月も経っており、どうすることもできなかったのだ。
せめて丁重に弔ってやろうと思い遺体を探しに人を送ったが、結局何も探し出すことはできなかった。熊を始めとして多くの獣が生息する地域なので、骨まで食べられてしまったのだろう。
「あまりお待たせにならないほうがいいかと。昼食はロングレイン侯爵ととられますか?」
エドガーがレニオスに尋ねる。
「……お前に任せる」
「では、接客室に三人分の食事をご用意います」
エドガーはぺこりと頭を下げると厨房に言付けるために退室する。レニオスは主不在の部屋にひとり取り残された。
(くそ……っ!)
レニオスは内心で舌打ちする。
忌々しさを感じながらも接客室に向かわざるを得ない自らの状況が、とにかく腹立たしかった。




