3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(2)
「調査に当たって、何を参照したかは記録していますか?」
エドガーに質問される。
「はい。最終ページに、全ての参考文献を記載しています」
「この本は、A国の言葉で書かれているはずだが?」
今度はレニオスに聞き返された。
「はい、読みました」
「読んだ? A国の文字を?」
「そうですが? あの……何か問題が?」
どうしてそんなことを聞くのかわからないと言いたげな目で、エノレアはレニオスを見返す。
「……何も問題はない」
レニオスは黙り込む。しかし、内心は納得していなかった。
A国の言語はリーヴ語とは全く違う。きちんと教育を受けなければ、読めないはずだ。
やや微妙な空気が流れたそのとき、エドガーがポンと手を叩いた。
「とにかく、資料は確かに受け取りました。たった二週間でここまで調べ上げるとは、大したものです」
「おほめ頂きありがとうございます」
エノレアは褒められてホッとする。
そのとき、カーン、カーンという音が聞こえた。昼休憩を知らせる鐘だ。
「あっ、大変だわ!」
エノレアはハッとする。
「どうしましたか?」
「お昼ご飯の時間です! 今日は香草焼なんです。焼きたてを食べないと!」
エノレアは早口で答える。
「報告は以上です。あの……もう退室してもよろしいでしょうか?」
「え? ええ」
「ありがとうございます!」
エノレアは頭を下げて一礼すると、大急ぎで部屋を出ていく。レニオスとエドガーは、唖然としながらその後ろ姿を見送った。
「……香草焼き?」
レニオスはぽつりと呟く。
「今日の食堂のメニューのようですね」
「ここの文官用の食堂は、そんなに極上の料理を提供しているのか? 俺の元には至って普通の料理しか届かないぞ」
レニオスは少しムッとしてエドガーに尋ねる。
「いえ。町の食堂とさほど変わりないかと。王室専用のシェフが作っている殿下の食事とは、比べものにならない質素なものです」
エドガーは困惑気味に首を横に振る。
「……朝ご飯を抜いて、腹が減ってたのか?」
「さあ?」
レニオスは残された報告資料に視線を落とす。
報告書の出来栄えは完璧だ。しかし、だいぶ変わった女であることは間違いない。
「エドガー。以前指示した、彼女の父親に関する情報は纏まったか?」
「それが……調べていく中で少々不審な点があり調査を継続中です」
「不審な点?」
レニオスの視線が鋭くなる。
「彼女の父親について調査したところ、辺境の村で木こりをしているのは間違いありませんでした。周辺住民にも聞き込みをしましたが、不審な点もありません」
「では、何が不審なんだ?」
「エノレアは様々な知識について、父親に教わったと話していました。しかし、父親がただの木こりとなると彼女にそれらを教えたのは他の人間ということになります。ですが、教育係を務めた人間が見当たらないのです」
エドガーは眉根を寄せながら、説明する。
「学校の教師は?」
「調べましたが、村立学校ということで極めて平凡な教員しかおりません。とても、第一級文官試験で首席を取るような生徒を教えられるとは思えません」
「隣の町に教えを請いに行った形跡は?」
「それもありません。彼女の生活を調べた限り、学校を卒業後は父親の仕事の手伝いをしながら過ごしています」
「つまり、父親以外と定期的に接触している気配がないと?」
「はい」
エドガーは頷く。
「それは確かに妙だな」
レニオスは腕を組む。
第一級文官試験で歴代一位、さらに、配属早々任された調査では模範解答に近い完璧な資料を用意してきた。エノレア・グレイは間違いなくどこかでロイヤルアカデミーを超えるような高等教育を受けているはずなのだ。
「それと最近、気になる情報がございまして」
「気になる情報?」
「最近王都で度々目撃される、謎の美女です。最初に目撃されたのは第一級文官試験の当日で、指名手配もされている凶悪な強盗犯を一瞬でねじ伏して警邏に引き渡したあと、颯爽と姿を消しました。その後も町で強盗や暴行事件の現場に何度か現れて、犯人をねじ伏して颯爽と姿を消しています」
「謎の美女か。それは確かに興味深い話だが、今なんの関係がある?」
レニオスは眉を顰める。
「その美女が、エノレアなのではないかという噂が立っております」
「なんだと?」
レニオスは聞き返す。
「バカを言うな。彼女のあの細い腕を見ていないのか? あの細腕で凶悪犯をねじ伏せられるとでも思っているのか?」
「私もそう思ったのですが、現場を見た者が間違いなく彼女だったと──」
エドガーは肩を竦める。
確かに、レニオスがバカな話だと一蹴するのも無理がないような内容だ。しかし、その目撃者は青嵐宮で働いている第三級文官だ。見間違えるとも思えなかった。
「誰に教わった形跡もないのに、暗号や古代文字、魔法に異国語までマスターしている。はては凶悪犯を一瞬でねじ伏せる凄腕の騎士のようなことまでできるだと?」
「現実離れしていることは確かですね」
「はっ」
レニオスは笑いを漏らす。
もしそれが本当なら、現実離れどころの騒ぎではない。
「いずれにしても、何か秘密を抱えていることは確かだな」
不正をして第一級文官試験を突破したと思っていたが、思わぬお宝を拾ったかもしれない。
そのとき、部屋をノックする音が聞こえた。エドガーが立ち上がり、ドアを開ける。
「オリバー・ハミルトンです。少し早いのですが、殿下とお約束しているロングレイン侯爵がお越しです。接客室にお通ししました」
少し緊張の面持ちでそう言ったのは、エノレアと一緒に採用された男──オリバーだった




