3.無自覚万能令嬢、第三王子の部下になる(1)
青嵐宮で働き始めて早一カ月。エノレアは今日も楽しく仕事に励んでいた。
「ねえ、オリバー。今日のお昼のメニューはなんだと思う?」
「昨日は鶏肉のスープ煮だったよね。今日は焼き物系だった気がするよ。たしか、香草焼だったような……」
「香草焼き! 初日に出てきたやつよね? あれ、柔らかくて美味しかったなー」
エノレアは作業する手はそのままに、初日に食べた豚の香草焼きを思い出す。スパイスの効いた豚肉が香草と一緒に焼かれたシンプルなメニューなのだが、柔らかいし、美味しいし、ほっぺたが落ちるかと思った。
「早くお昼休みにならないかしら」
「ははっ。エノレアはここのお昼ご飯が大好きだよね」
「ええ。だって、すごくおいしいもの! 私、これまでお肉って塩を入れたお湯で煮るか、塩を振って焼くかの二択しかないと思っていたの。それが、ここに住み始めてからいろんなメニューが出てくるからびっくりしちゃったわ」
エノレアは大まじめに答える。
第一級文官には国から住居が提供されるほか、朝昼晩の食事は付属の食堂が無料で使える。その食堂のご飯が美味しくて、エノレアはびっくりしたのだ。
ガレスはいかんせん料理が苦手だった。一緒に住んだ八年もの間、エノレアが食べていたのは塩味一択である。日によって、煮るか焼くかの違いがあるだけだ。
そして、ガレスに育てられたエノレアの料理スキルも彼と似たようなものなのだ。
「エノレアが一体どんな食事を食べてきたのかがある意味すごく興味深いけど……ここの食堂の人達も、そんなに喜ばれたらさぞかし嬉しいだろうね」
「彼らは称賛されて当然よ! 料理の天才だと思うわ。こんな美味しいご飯がただなんて、第一級文官になってよかった」
エノレアはしみじみ思う。
ガレスの言う通り第一級文官試験を受けて本当によかった。あのまま木こりになっていたら、エノレアは世の中の食事は塩味しかないのだと本気で思っていたはずだ。
薬の原料としか見ていなかった薬草に、こんな素晴らしい使い方があったなんて驚きだ。
「よし、できた! エドガー様に報告に行ってこよっと」
お昼休みまであと一時間。香草焼は出来立て熱々を食べたいから、お昼休みに時間が被っては大変だ。
エノレアは立ち上がると、エドガーの執務室に向かう。彼の執務室の前では、ちょうどエドガーがレニオスと話しているところだった。
エドガーはすぐにエノレアに気付いた。
「エノレアさん。どうしましたか?」
「先日ご指示を受けた世界各国の経済特区についての調査ですが、概ね纏まりましたのでご報告に参りました。お取込み中のようですので、午後に再度、ご報告に参ります」
エノレアはチラッとレニオスのほうを見てから頭を下げる。
一方のエドガーは渋い顔をした。
「表面的なことを調べるだけなら誰にでもできます。私があなたにお願いしたのは、各国の経済特区の政策比較に加えてその効果と周辺地域に与える影響、新たに顕在化した課題ですよ?」
エノレアにこの業務の指示をしてまだ二週間しか経っていない。新人が二週間で纏められるような代物ではないはずだと考えたエドガーは暗に、きちんとした報告でないなら時間は取れないと伝える。
しかし、エノレアは全く動じる様子がなかった。
「もちろん、それはわかっています」
すると、黙ってふたりの会話を聞いていたレニオスがスッと目を眇めた。
「報告か。取り込み中ではないから、今から俺も一緒に聞こう」
「「え?」」
思わぬ提案に、驚いたエドガーとエノレアが同時に聞き返す。
「俺も一緒に聞くと言ったんだ。それとも、俺には報告できないようなお粗末なものなのか?」
レニオスは、わざと挑発するようにエノレアを見つめる。
「いいえ、お粗末ではないです。きちんと調査しました」
「では、エドガーの執務室で聞こう。いいな?」
「もちろんです」
エノレアは即答する。
この調査のために、ガレス直伝の語学力を駆使して世界各国の資料を調査したのだ。はっきり言って自信作である。
エノレアはレニオスとエドガーと向かい合って椅子に座ると、資料を彼らの間に置く。
「まず、各国の経済特区について、まずは周辺諸国でどのような経済特区が政策として実施されているか調査しました。その結果、A国、B国──」
エノレアは自分なりの調査を行って調べ上げた情報について、要点を纏めて報告していく。もしリーヴ語しか理解できなかったら調べられなかった情報も多いので、ガレスには感謝だ。
「なるほど。確かによく調べている。該当地域の周辺で、この政策によって弊害は出ていないか? 例えば周辺道路の渋滞、既存店舗の売り上げ減などだ」
「それについても調査しております。お渡しした資料の六ページをご覧ください」
レニオスに質問され、エノレアは淀みなく答えてゆく。
ガレスからは、何かを調べて報告する際は相手がするであろう質問を先に想定し、答えられるようにしておけと教わった。エノレアは敬愛する父の教えを忠実に守ってしっかりと準備しておいたのだ。
説明しているうちに、始めは無表情だったレニオスとエドガーの表情が、どんどん興奮に満ちたものに変わっていく。




