2.無自覚万能令嬢、王都に行く(7)
◇ ◇ ◇
エノレアとオリバーが去ったあと、レニオスは改めて本日より配属されたふたりの経歴書を眺めた。
「エドガー。さっきのふたり、どう思った?」
「オリバー・ハミルトンは例年の新人によく似ていると感じました。やる気に溢れているけれど、どこか瞳に不安そうな表情が見えます。きっと、殿下が厳しいという前評判を聞いて心配しているのでしょう」
「エノレア・グレイは?」
「そうですね……美人ではあるものの、かなり変わった子だと思いました」
「美人だと思ったのか。エドガーが美人と認めるとは珍しいな」
エドガーはレインズ侯爵家の嫡男であり、ロイヤルアカデミーを首席で卒業、まだ二十七歳の若さでありながら青嵐宮の文官のトップにいる。さらに、見た目も悪くない。
独身の頃はとてももてて、社交パーティーに出れば彼を巡って令嬢が喧嘩するほどだった。そんなこともあり、エドガーの美人判定基準はなかなかのものなのだ。
ちなみにエドガーは現在新婚で、妻である元伯爵令嬢は可憐な花として社交界の男性を魅了した美人だ。
「確かに美人であるな」
レニオスはふっと笑う。
艶やかな金髪に、青い瞳。色白でしなやかな体つき。ぱっちりとした目元に高すぎない鼻。程よく丸みを帯びたフェイスライン。エノレア・グレイを見れば十人中十人が「美人」と感じるだろう。
「だが、美しいことだけが取り柄の女ならほかにもいる。俺が必要としているのは、仕事ができる部下だ」
「わかっております。ただ、今日あの会話だけでは試験で不正をしたかどうかは判断できません」
「ああ。だが、恐らく不正はしていない」
レニオスは答える。
先ほどエノレアに試験結果について話を振った際、自分が首席だと知っても彼女は全く焦るそぶりを見せなかった。もし不正して満点なのだとしたら、少なからずやりすぎたと焦りを見せるはずだ。
「では、殿下は彼女が実力で満点を取ったとお考えですか? そうだとすれば、すごいことですよ。天才かもしれません」
「天才か。ははっ、確かにな。大いに期待しよう。俺は今日、彼女の父親を部下に欲しいと感じた」
「ああ、あれはさすがにでまかせかと。木こりで暗号も古代語も薬草もわかるなんて、聞いたことないですよ」
「だろうな」
レニオスは楽しげに笑う。だが、だとすれば疑問に残るのは、なぜ父から教えられたなどと嘘をつくかだ。それも、大まじめな顔をして。
「父親から教えられたというのはでたらめだとしても、彼女にそれらの知識を教えた者がいるはずだ。密かに調べられるか?」
「わかりました」
エドガーは頷く。レニオスは改めて経歴書を眺め、背もたれに寄りかかった。
「彼らの配属だが……おまえの直属でどうだ?」
「私の直属部下ですか? 新人では異例ですが……」
エドガーは困惑の色を見せる。
青嵐宮でトップであるエドガーは、名実ともにレニオスの右腕だ。当然扱っている業務の影響範囲も大きければ、機密レベルも高い。
「天才が来たかもしれないんだぞ。それなりの業務を与えてやらねば」
「辞めてしまうかもしれませんよ?」
「辞めたら辞めたで、その程度の人材だったということだ。それに、オリバー・ハミルトンのほうは恐らく辞めない」
レニオスは経歴書を一枚捲る。そこにはオリバーの情報が載っていた。
田舎の没落貴族出身で、家門の期待を一身に背負ってロイヤルアカデミーに入学した秀才だ。コネが蔓延る貴族の世界で完全に実力だけで、ここまでのし上がってきている。
一見すると気が弱そうに見えるが、なかなか骨はあるはずだとレニオスは睨んでいた。
「そうでしょうか? したり顔でそう言いますけどね、彼らに辞められると困るのは私なんですよ」
「ならば、辞められないようにしっかり教育して伸ばすんだな」
レニオスはバッサリと言い放つ。
「そんな簡単に──」
そこまで言いかけて、エドガーは口を噤む。ここは青嵐宮。相手はレニオス・アッシュフォード。
泣き言を言っても何も解決しないことは、エドガー自身が一番よく知っていた。
「半年以内に、一人前として使い物になるように仕上げます」
「ああ、期待している」
レニオスは金色の目を細め、口の端を上げた。




