2.無自覚万能令嬢、王都に行く(6)
翌日。エノレアはオリバーと一緒に青嵐宮に向かった。
「昨日、他の合格者にも何人か声をかけてみたんだけど、青嵐宮に配属された人はいなかったんだ。僕たちだけなのかな?」
「昨年の配属はひとりだったみたいだから、そうかもしれないわね」
「そのひとりも辞めちゃったみたいだよ。大丈夫かなあ」
オリバーは不安そうな顔をする。
「大丈夫よ、だぶん」
「エノレアは前向きだね」
オリバーは屈託なく笑う。
そうこうするうちに、指定された部屋の前に到着した。
エノレアは深呼吸してから、トントントンとドアをノックする。
「はい」
「本日より青嵐宮に配属されましたエノレア・グレイとオリバー・ハミルトンです」
「入ってください」
入室の許可が出たので、エノレアはドアを開ける。
部屋の中には若い男がふたりいた。ひとりは部屋の中央にある大きな執務机に向かって座っており、短い黒髪に金眼で、シャープな目元と整った顔立ちのせいで冷ややかな印象を受けた。もうひとりは薄茶色の髪の毛を後ろでひとつにまとめた穏やかそうな男性で、執務机の傍らに立っている。
「失礼します。本日より配属になったエノレア・グレイです」
「同じく、本日より配属になったオリバー・ハミルトンです」
エノレアは軽く会釈してから、視線だけを動かして部屋を見回す。
大量の本が整然と並ぶ本棚、花の活けられていない花瓶、大きな壁掛け時計、そして大きな執務机。想像するに、ここは座っている男の執務室だろう。
「青嵐宮にようこそ。おふたりを歓迎します。私は青嵐宮の筆頭文官をしているエドガー・レインズです」
薄茶色の髪の男性が、胸に手を当てて軽く会釈する。
「もしかして、レインズ侯爵家の? ロイヤルアカデミーでも十年に一度の秀才だと先輩の噂は耳にしていました。お会いできて光栄です」
「私の噂を? それは光栄ですね」
エドガーはにこやかに微笑みそう言うと、「こちらが私達が仕えるレニオス・アッシュフォード殿下だよ」と椅子に座った男に視線を向けた。
(へえ、この人が)
エノレアはレニオスを見る。
年齢は確か二十三歳だったと記憶している。
どこか冷たく見えるが、その目鼻立ちは非常に整っていた。頭の回転が速く仕事ができる反面、使えないと判断するとすぐにクビにすると聞いていたので、もっと学者風の神経質そうな男性を想像していた。
レイオスは真っ直ぐにエノレアを見返す。
「エノレア・グレイ」
レニオスが口を開く。
「試験結果は見たか?」
「いいえ」
「なぜだ?」
「受かったのだから、見る必要もないと思って」
試験結果に納得がいかないと騒ぎ立てる受験生がいるので、第一級文官試験の結果は全て開示請求できる。しかし、エノレアは特に請求しなかった。
レニオスはしばし沈黙した。
「……お前が首席だ」
「そうなんですか」
「驚かないのか」
「驚いています。もしかして、首席が十人くらいいたんですか?」
「そんなわけがないだろう」
レニオスは眉を顰める。横に立っていたエドガーが吹き出しそうになっていた。
(違うの? でも、随分簡単だったけど──)
エノレアは首を傾げる。
レニオスはぺらっと一枚紙を出す。
「これはお前が描いたのか?」
レニオスが持っていたのは、エノレアの回答用紙だった。全ての回答に赤い丸が付いていた。
そして、回答用紙の端っこには色々な薬草のイラストが描かれていた。その横には、「三日乾燥」だとか「すりおろして混ぜる」とか説明付きだ。
「はい、そうです」
エノレアは頷く。
試験時間が一時間半も余ったので、暇で暇で溜まらなくて描いたらくがきだ。
「え。エノレア、100点⁉ しかも、試験中に落書きしてたの⁉」
横にいるオリバーがびっくりしたような声を上げる。
「うん、そうみたいだね」
エノレアは頷く。
「腹が減ってたのか?」
そう聞いてきたのはレニオスだ。
「あ、ご理解いただけました?」
エノレアはパッと表情を明るくする。
エノレアが描いたのは、一見すると一般的な薬草のイラストと説明書きだ。しかし、描かれたイラストの名前を説明書きに従い並べ替えてひと工夫すると「お腹が空いた」というメッセージが隠れている。
「即興で作ったにしては上手くできていたと思うんです」
「履歴書によると、お前は村立学校しか出ていない。暗号作成と解読は誰に教わった?」
「父です」
「学者か?」
「木こりです」
レニオスは僅かに眉間にしわを寄せる。
「……木こり。では、古代語は?」
「それも父に教わりました」
「薬草の知識は?」
「父です」
レニオスの眉間の皴が深くなる。彼は、額に手を当てた。
「お前の父は何者だ?」
「え? 普通の木こりですけど?」
エノレアはきょとんとした様子で答える。
(絶対にそんなわけないだろう)
エノレア以外の三人が同じことを思う。
執務室に微妙な空気が流れた。




