2.無自覚万能令嬢、王都に行く(5)
「ふむ、そうか」
レニオスはゆっくりと椅子にもたれた。
第一級文官試験で満点を取った、高等教育もうけていない田舎出身の平民の女。周囲から不正をしたと疑われるのも当然だ。
(だが、面白い)
どんな方法を使ったのかは知らないが、その女が第一級文官試験で最高得点を取ったことは疑いようのない事実だ。
もし不正をしたのであれば、すぐに斬り捨てればいい。
「その女を、青嵐宮で採ろう」
「ええ、本気ですか? きっと不正ですよ」
「使えなければクビにするだけだ」
レニオスはふっと口の端を上げた。
◇ ◇ ◇
合格発表の日、王宮前は大勢の受験者で賑わっていた。
皆が固唾を飲んで見守る中、掲示板に名前が張り出される。
「やったぞー!」
喜びの雄たけびを上げた者がいたと思えば、別の場所からは悲鳴が聞こえる。
「くそっ! 落ちた!」
「また来年か」
悲喜こもごもの反応を示す受験生に混じり、エノレアも自分の名前を探そうとしていた。
「全然見えないわ」
人が多すぎる。なにせ数百人の受験生が、十数名の合格者が書かれたたった一枚の紙を見ようと群がっているのだから。
ようやくエノレアが合格発表を自分で確認できたのは、十分近く経ってからだった。
「あった」
合格者の名前が書かれた紙の一番上に自分の名前を見つけてエノレアは、表情を明るくする。
(お父さんがお前なら絶対受かるって言ってたけど、本当に受かったわ。さすがお父さん!)
最初に第一級文官試験を受けろと言われたときは何を言っているのかと思ったが、またしてもガレスの言う通りだった。ものは試しで受けてみるものだとエノレアは感心する。
「合格者の方は合格通知と今後の案内の書類を受け取りに来てください!」
文官が叫んでいるのを聞いて、エノレアはそれを受け取りに向かう。
指定された場所には、二十代半ばと思しき男性の文官がいた。
エノレアは男性から封筒を受け取ると、中身を確認する。
「配属先は、青嵐宮?」
王都に来る前にガレスに教えられた情報によると、リーヴの王宮には複数の宮殿があり、それぞれが色にちなんだ名前が付けられている。例えば白雪宮、黄玉宮、赤炎宮といった具合だ。
(青嵐宮って、第三王子殿下だっけ?)
エノレアはガレスから渡された特製ノートを開く。青嵐宮のところを見ると『第三王子、レニオス・アッシュフォード。青みがかった黒髪、碧眼。顔は綺麗だが頭の回転が速くて可愛げがない。キュウリが嫌い、かぼちゃが好き。寝るときに布団を抱きしめる癖あり。三歳のときのお気に入りのおもちゃは馬のぬいぐるみ』というよくわからない豆知識が書いてあった。
いったいこんな情報をどうやって仕入れたのかは謎だ。
「きゅうり、美味しいのに……」
エノレアは呟く。
ガレスとエノレアは共に料理が苦手なので、きゅうりのような調理なしでそのまま食べられる食材はとてもありがたいのだ。
「あれ。きみも青嵐宮? 僕も。ついてないよね」
エノレアの持っていた合格通知を見た別の合格者が声をかけてきた。
「僕はオリバー・ハミルトン。よろしく」
「私はエノレア・グレイです。よろしくお願いします」
エノレアはぺこりとお辞儀をする。
癖のある茶髪に琥珀色の髪をした、優し気な男性だった。男性にしては色白な肌にはそばかすが散っている。
「ところで、ついてないって?」
「レニオス殿下は厳しいから、どんどん辞めていくって評判だろ」
「そうなの?」
エノレアは首を傾げる。ガレスの豆知識にはそれは書いていなかった。
「あーあ。家計を切り詰めてロイヤルアカデミーを出させてもらったのに、すぐに文官を辞めたら親に顔向けできないよ。頑張らないと」
オリバーは息を吐く。
「ロイヤルアカデミーを出ているんですか。すごいですね」
エノレアは尊敬のまなざしを向ける。ロイヤルアカデミーと言えば、リーヴの最高学府だ。村立学校に通っていたときに、親戚の友人のそのまた友人の親戚が通っていると自慢している同級生がいた。
「うん、ありがとう。付いていくのがやっとだったけど。きみはどこ出身?」
「私ですか? 村立学校です」
「村立学校? ……ああ、もしかして領地が田舎で仕方なく? 優秀な家庭教師をつけていたんだね」
「家庭教師はいなくて、全部お父さんに教えてもらったわ」
「お父さん? 学者なの?」
「ううん、木こりなの」
エノレアはにこっと笑って答える。
「……木こり?」
オリバーはなんとも言えない顔をしたのだった。




