2.無自覚万能令嬢、王都に行く(4)
ここは王宮内、青嵐宮の一室。
机に向かって仕事をしていたレニオス・アッシュフォードは、ドアをノックする音で顔を上げた。
入ってきたのは、レニオスの一番の側近であるエドガー・レイルズだった。
エドガーはレイルズ侯爵家の嫡男で、第一級文官試験を首席で突破した秀才だ。少し長めの髪を後ろでひとつにまとめた美男なのだが、ここ最近寝不足なのか目の下に薄っすらとクマができている。
「殿下。今年の第一級文官試験の結果が出たようです。正式な合格発表は来週の予定です」
エドガーはレニオスに書類を差し出す。
レニオスはそれを受け取った。
「お前の助けになってくれそうな、優秀な奴はいたか?」
「例年通りです」
「つまり、いないのだな?」
「良さそうな人材がいたにはいたのですが、他の殿下達に引っ張っていかれてしまいそうです」
エドガーはげんなりとした顔をする。
「お前の宣伝が足りていないのだろう」
レニオスは器用に片眉を上げる。
「殿下の下で働くとほとんどみんな半年以内で退職してしまうので、不人気なんです」
「まるで俺のせいだとでも言いたげだな? 酷い話だ」
「半分は事実でしょう」
エドガーは恨めしげな目でレニオスを見た。
「なんとか残った人材も、殿下がすぐにクビにしてしまうじゃないですか」
「クビにしたのは、俺の下で働く能力がないからだ。出来が悪いとこっちが迷惑だ」
「その求める能力が高すぎます!」
エドガーは悲鳴を上げる。
この国──リーヴの第三王子であるレニオスは、冷徹で頭の回転が速く、非常に仕事のできる上司だ。ただ、仕事ができるが故に周囲に要求する仕事のレベルも非常に高い。
少しでも〝使えない部下〟と見なすと、レニオスは躊躇せずにクビにする。おかげで、何人採用してもほとんど残っておらず、万年人手不足なのだ。
「合格者に、青嵐宮は裁量権が大きくやり甲斐があると言っておけ」
「人手不足で業務の所掌範囲が異様に広いだけじゃないですか!」
「物は言いようだ。頭を使え」
レニオスはにやっと意味ありげに笑うと、こめかみのあたりを指でトントンと押した。
エドガーは肩を竦める。
「それで……どんな合格者がいた?」
レニオスはエドガーから受け取った書類を捲る。そして、ざっと眺めて眉を顰めた。
「成績上位者はほとんど別の場所に決まっているじゃないか」
「そう言ったじゃないですか。うちは不人気職場なんです、不人気職場!」
「使えない部下なら最初からいないほうがましだ。今年は採用なしにするか」
「冗談ですよね!?」
エドガーは悲鳴を上げる。
「昨年ひとり採用して、三人くびにしているんです。ふたり減っているんですよ! このままでは過労死してしまいます!」
「それは困ったな」
「今、棒読みでしたよ!」
エドガーはレニオスに詰め寄る。レニオスは「耳元で大きな声を出すな」と言って片耳を自分の手で塞いだ。
ぱらりとまたページをめくる。次の合格者情報を見たレニオスは、捲る手を止めた。
「……成績トップがまだ残っているのか?」
「あー、その子ですか。実はその子、満点だったんですよ。模範解答と言っていいくらいですね」
「ほう。それは興味深いな」
第一級文官試験は様々な科目を組み合わせて思考力を問う総合問題だ。満点を取るためには複数の科目で深い知識を持っている必要がある。
合格者情報の名前を確認すると、エノレア・グレイと書いてある。出身地は辺境の村だ。
「グレイ? 聞いたことがない家門だな。一体、何者だ?」
レニオスはエドガーに尋ねる。
「それが、貴族ではないようで、情報がないようです」
「貴族ではない……。ロイヤルアカデミーの出身者か?」
「いえ、それも違いました。履歴書には村立学校出身と──」
レニオスは眉間のしわを深くする。
第一級文官試験の受験資格に学歴は問わないが、ほとんどの受験生がリーヴ一の名門校であるロイヤルアカデミー出身、しかもその中でも成績優秀者ばかりだ。
村立学校出身となると、高等教育すら受けていないことになる。
「不正の可能性は?」
「当初疑われて散々調べましたが、不正をした証拠はありません」
「問題流出は?」
「絶対にありません」
エドガーは強く否定する。
「なるほど。ではこの受験生は、類いまれなる優秀な人材である可能性があるということだな?」
「まあ、そうではあるのですが、見つからないように不正したという見方がほとんどです。だから未だに、どこの宮からもスカウトが入っていないんですよ」
エドガーは肩を竦めた。




