1.雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる(2)
「ええ。今日は王宮で第三王子レニオス殿下を囲むお茶会があります。リリアナと一緒に、あなたも出席しなさい」
エノレアは目を丸くする。
王宮に王子様。
絵本の中に出てくるような、遠い遠い世界。
自分がそこへ行けるなんて、夢にも思っていなかった。
「い、いいのですか?」
「その代わり、ロングレイン家の恥を晒したら許しませんよ。あなたはリリアナの横で、黙って座っていればいいの」
「はい!」
エノレアはこくこくと勢いよく頷く。
(王宮に行けるんだ)
黙って座っていろと言われたので誰ともお喋りはできないだろう。それでも、胸が弾んだ。
そうしてメイド達に着せられたのは、エノレアが初めて着るような綺麗なドレスだった。
薄い水色で、後ろにリボンが付いている。
リリアナのピンクのフリフリのドレスに比べると見劣りしたが、エノレアにとっては十分豪華だった。
いつもはぼさぼさの髪も、梳かしてリボンまでつけてもらえた。
鏡の前に立ったエノレアは、思わず息を呑む。
「……お姫様みたい」
ぽつりと呟くと、準備を手伝ってくれたメイドが小さく鼻で笑う。
「最後にいい思い出になったでしょ」
「……最後?」
不思議に思って鏡越しにメイドを見返したが、彼女はふいっと視線を逸らした。
(こんな綺麗な格好をするのは今日が最初で最後ってことかな?)
それでも、嬉しかった。
今日だけは、自分もロングレイン侯爵家の令嬢として扱ってもらえていると感じたのだ。
ふかふかのクッションが付いた馬車で向かった王宮の庭園は、夢のように美しかった。
そこかしこに咲き誇る色とりどり花々。緑のアーチをくぐるように伸びた石畳。そして、白いガゼボの近くには噴水があり、陽の光を受けて水面がきらきらと輝いていた。
お茶会の席には、同じ年頃の令嬢や令息が集まっていた。エノレアは全員初めて会う人たちだったが、リリアナはお友達のようで楽しげに話している。
その場に最後に現れたのが、第三王子レニオスだった。
艶やかな黒髪に、金色の瞳。
七歳のエノレアより少し年上に見え、まだ子供なのにどこか大人びて見える。
(王子様だ。綺麗な人)
エノレアは息を呑む。
こんなに奇麗な顔をした男の子を見るのは初めてだ。まるで、妖精のようだと思う。
「リリアナ・ロングレインでございます」
リリアナが優雅に礼をする。
「エ、エノレア・ロングレインでございます」
続いて、エノレアも見よう見まねで礼をした。
少し声が裏返ってしまい、周囲からくすくすと笑い声が漏れる。恥ずかしくて顔が熱くなったが、レニオスは表情ひとつ変えずに頷いただけだ。
(よかった。笑われなかった)
それだけで、エノレアは少しだけ安心した。
間もなく、お茶会が始まる。
白いテーブルには紅茶と菓子が並べられた。
エノレアの前、リリアナとの間に薔薇の絵付けがされた美しいカップが置かれ、琥珀色の紅茶が注がれる。
(わあ、綺麗。それに、いい匂い)
こんなに美しい食器に自分が触れていいのだろうか。ロングレイン侯爵家では不用意に物に触れるとあとから酷く怒られるので、戸惑ってしまう。
そのとき、隣に座っていたリリアナが、エノレアの前にある皿を指さす。
「おねえさま、そのおかしを取って」
「うん」
エノレアは言われるがままに菓子皿へ手を伸ばす。
その隙に、リリアナがエノレアの前にあったカップを手に取る。間違えたようだ。
「あ。リリアナ、それは私の──」
止めるより先に、リリアナはカップに口を付けていた。
次の瞬間。ぱりん、と甲高い音が響く。
リリアナがカップを落としたのだ。
「リリアナ?」
びっくりしたエノレアはリリアナに話しかける。
リリアナは目を見開き、喉を押さえていた。
顔色がみるみる青ざめていく。
「どうしたの、リリアナ!」
明らかに様子がおかしいことに気付いたエノレアは焦った。
そうこうするうちに、リリアナの呼吸はヒューヒューと苦しそうな音に変わってゆく。
(これ、もしかして毒……!)
エノレアは直感した。
薬師だった母から教わったことがある症状に似ていると思った。
「リリアナ!」
異変に気付いたロングレイン侯爵夫人の悲鳴が響く。
会場が一気に騒然となった。




