上司に好かれないとダメですか?
ドアが開いた。
「……相談、いいですか」
「どうぞ」
椅子に座ると、少しだけ間を置いて言った。
「上司に、好かれなくて」
頷く。
「それで?」
「評価も上がらないし」
「なんか……やりにくくて」
視線を落とす。
「ちゃんとやってるつもりなんですけど」
「嫌われてるのか?」
「……分かりません」
少しだけ考える。
「でも、多分」
「好かれては、ないです」
沈黙。
「で」
コーヒーを飲む。
「好かれないとダメか」
彼女は少し驚いた顔をする。
「……え」
「上司に好かれないと」
「仕事できないのか」
少し考える。
「……できなくは、ないです」
「評価は?」
「上がりにくい、です」
「そうか」
一拍。
「じゃあ」
視線を合わせる。
「好かれないと“ダメ”なのか」
言葉が止まる。
「……」
「ダメ、ではないです」
「そうか」
頷く。
「じゃあなんで困ってる」
沈黙。
彼女は少し考えてから言う。
「……なんか」
「自分が、ダメな気がして」
「ほう」
「ちゃんとやってるのに」
「認められてないっていうか」
少し言葉を探す。
「それが……」
一拍。
「自信なくなる、というか」
頷く。
「なるほどな」
コーヒーを置く。
「じゃあ一つ聞く」
彼女を見る。
「上司に好かれてるやつは」
「全員まともか」
「……いえ」
「好かれてないやつは」
「全員ダメか」
「……それも、違います」
「そうか」
一拍。
「じゃあ」
少しだけ声を落とす。
「今のあんたの問題は」
「上司じゃないな」
彼女の目が揺れる。
「……え」
「好かれるかどうかで」
「自分の価値を決めてる」
言葉が止まる。
「……」
否定しない。
「評価されない」
「認められない」
「だから」
一拍。
「“ダメなんじゃないか”って思ってる」
彼女の肩が少しだけ落ちる。
「……はい」
「でもそれ」
静かに言う。
「上司の問題じゃない」
視線を合わせる。
「あんたが自分で決めてる」
沈黙。
「……」
「好かれなくてもいい」
一拍。
「好かれてもいい」
彼女が少しだけ顔を上げる。
「……どっちでも?」
「どっちでもだ」
コーヒーを飲む。
「仕事ができるかどうかと」
「好かれるかどうかは別だ」
一拍。
「それを一緒にしてると」
少しだけ間。
「ずっと苦しい」
沈黙。
「……」
「それともう一つ」
彼女を見る。
「自信がない、って言ってたな」
「……はい」
「自信ってのは」
少し考える。
「できることの積み重ねだ」
「……はい」
「できるようになれば」
「そのうちつく」
一拍。
「でも」
視線を合わせる。
「今あんたが苦しいのは」
「そこじゃない」
沈黙。
「……」
「できるかどうかじゃなくて」
静かに言う。
「“こんな自分が嫌だ”って思ってることだ」
言葉が止まる。
「……」
「比べて」
「できないところを見つけて」
「だからダメだって決めてる」
彼女の視線が落ちる。
「……はい」
「順番が逆だ」
「……逆?」
「先に“自信”をつけようとしてる」
一拍。
「その前に」
少しだけ声を落とす。
「今の自分を許してない」
沈黙。
「……」
「できてなくてもいい」
「比べてもいい」
「落ち込んでもいい」
一つずつ置く。
「それを」
少しだけ間。
「ダメだって決めてるのは、あんただ」
言葉が落ちる。
「……」
「できる自信は後でいい」
コーヒーを置く。
「やることやってれば、そのうちつく」
一拍。
「でも」
彼女を見る。
「その前に」
「“このままでもいい”って思えないと」
「何やっても足りなくなる」
沈黙。
「……」
彼女が小さく言う。
「じゃあ……どうすれば」
「別に」
肩をすくめる。
「急に好きにならなくていい」
「……え」
「嫌いでもいい」
「自信なくてもいい」
静かに言う。
「ただ」
一拍。
「それを理由に」
「自分を否定し続けるのはやめろ」
彼女が黙る。
「できない自分も」
「比べてしまう自分も」
「全部含めて」
少しだけ柔らかく言う。
「あんただ」
沈黙。
「……」
「証拠なんていらない」
穏やかに言う。
「好かれてる証拠も」
「嫌われてる証拠も」
「どっちもなくていい」
一拍。
「今のままで、ここにいるなら」
視線を外さずに言う。
「それでいい」
沈黙。
しばらくして。
彼女が、小さく息を吐く。
「……よく分かんないですけど」
少しだけ困ったように笑う。
「なんか」
一拍。
「ちょっと、楽かも」
立ち上がる。
軽く頭を下げて、部屋を出ていく。
ドアが閉まる。
静寂。
少しして、隣から声。
「……今の、どういうこと?」
相棒がこっちを見る。
「上司の話だったのに」
「途中から違う話になってたけど」
コーヒーを飲む。
「分かるか?」
相棒は少し考える。
「……いや、全然」
一拍。
「でも」
少しだけ視線を落とす。
「好かれなくてもいい、っていうのは」
言葉を探す。
「なんか……ちょっと楽かも」
沈黙。
それ以上は言わない。
でも
何かが、少しだけ残っていた。




