都合のいい女
ドアが開いて、女が入ってきた。
年は三十前後くらい。
きちんとした格好をしているのに、どこか疲れた顔をしていた。
「どうしました」
探偵が言うと、女は少し迷ってから座った。
「私、都合のいい女なんです」
探偵はコーヒーを一口飲んだ。
「自分で言うのか」
「……分かってるんです」
女は少し笑った。
「呼ばれたら行くし」
「連絡来たら返すし」
「向こうが会いたいときだけ会って」
「誕生日も、クリスマスも、一人でした」
少しだけ、間が空く。
「バカですよね」
探偵は首を振りもしなかった。
「やめたいのか」
女は答えなかった。
代わりに、少し時間がかかってから言った。
「……分からないんです」
「分からない?」
「大事にされてないのは、分かるんです」
「でも」
女は言葉を探す。
「必要とは、されてるんです」
探偵は黙っていた。
「私がいないとダメだって言われるし」
「頼られるし」
「呼ばれるし」
「だから、いなくなれないんです」
静かな部屋に、時計の音だけがしていた。
探偵はカップを机に置いた。
「大事にされたいのか」
「必要とされたいのか」
女は顔を上げた。
「……違うんですか」
探偵は少し考えてから言った。
「違うな」
女は黙っている。
「大事なものは、壊さない」
少し間。
「必要なものは、使う」
女の表情が少しだけ動いた。
でも、何も言わなかった。
探偵は続ける。
「あんたは、どっちになりたいんだ」
長い沈黙が落ちた。
女はしばらく下を向いていたが、やがて小さく言った。
「……大事に、されたかったです」
探偵は「そうか」とだけ言った。
それ以上は何も言わなかった。
女はしばらく座っていたが、やがて立ち上がった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
ドアが閉まる。
少しして、相棒が奥から顔を出した。
「また難しい相談ね」
「そうか?」
「だって、好きなんでしょ」
探偵はソファに座った。
「好きだけじゃ、どうにもならないこともある」
「じゃあどうすればいいの」
探偵は少し考えた。
それから言った。
「自分を雑に扱うやつのところに、長くいるな」
相棒は少し黙ってから言った。
「……それ、できたら苦労しないわよ」
探偵は苦笑した。
「まあな」
コーヒーは、もう冷めていた。




