いつもの電車の人
毎朝、同じ時間の電車に乗る。
同じ車両の、同じドアの前。
だいたいいつも同じ顔ぶれだ。
スーツの男。
イヤホンの大学生。
本を読んでる女の人。
いつも眠そうな駅員。
その中に、いつもいる人がいた。
年は三十くらい。
いつも窓の外を見ている人。
話したことはない。
名前も知らない。
でも、毎日同じ場所に立っている。
ある日、電車が揺れて、その人の鞄が少し倒れた。
探偵は鞄を支えた。
「すみません」
「いや」
それだけ。
また次の日も、同じ電車、同じ場所。
その人はやっぱり窓の外を見ていた。
しばらくして、探偵はなんとなく聞いた。
「毎日、同じだな」
その人は少し笑った。
「そうですね」
「会社か」
「まあ、そんなもんです」
少し沈黙。
電車がトンネルに入る。
その人が言った。
「この電車、嫌いじゃないんです」
「どうして」
「誰も、私のこと知らないから」
探偵は黙っている。
「会社行くと、色々言われるし」
「家帰ると、色々言われるし」
少し笑う。
「ここにいるときだけ、誰でもないんです」
電車が駅に着いて、ドアが開く。
人が降りて、人が乗る。
その人は言った。
「名前も知らない人たちと、毎日同じ電車に乗って」
「でも話もしないで」
少し間。
「変な関係ですよね」
探偵は言った。
「楽だろ」
その人は少し笑った。
「楽です」
また電車が走り出す。
次の駅で、その人は降りる。
「じゃあ」
「じゃあ」
名前も知らないまま、その人は降りていった。
次の日。
同じ電車。
同じ車両。
同じドア。
でも、その人はいなかった。
次の日も。
その次の日も。
探偵は窓の外を見ながら、ぼそっと呟いた。
「名前も知らないのに」
少し間。
「いなくなると、寂しいやつもいるんだよな」




