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パン屋の前でずっと迷ってる女の人

 パン屋の前で、一人の女性が立っていた。


 ショーウィンドウを見て、少し考えて、また見て、店に入らない。

 そんなことを何度か繰り返している。


 探偵は少し離れたところで、それをぼんやり見ていた。


 五分くらいして、女性が小さくため息をついた。


 探偵はなんとなく声をかけた。


「買わないのか」


 女性は少し驚いて、それから困ったように笑った。


「……迷ってて」


「パンか」


「パンじゃないんですけどね」


 女性はショーウィンドウを見ながら言った。


「どっちにしようかなって」


「どっちって」


 女性は少し黙ってから言った。


「転職するか、このまま今の会社にいるか」

「結婚するか、断るか」

「地元に帰るか、このままここにいるか」


 少し笑う。


「パン選んでるみたいに見えますよね」


 探偵は言った。


「似たようなもんだろ」


「え?」


「どっち選んでも、もう片方は選べない」


 女性は黙る。


 店のドアが開いて、パンの匂いが少し外に流れてきた。


 女性は言った。


「選ばなかった方の人生の方が、幸せだったんじゃないかって」

「思いませんか」


 探偵は少し考えた。


「思うだろうな」


 女性は小さく笑った。


「やっぱり」


 探偵は続ける。


「でもな」


「選ばなかった方の人生は、ずっと正解に見えるぞ」


 女性は顔を上げた。


「やってないからな」

「失敗もしてないし」

「嫌なことも起きてないし」

「想像の中では、ずっと幸せなままだ」


 女性は何も言わなかった。


 パン屋から人が出てきて、またドアが閉まる。


 女性は言った。


「じゃあ、どうやって選べばいいんですかね」


 探偵はショーウィンドウを見た。


「うまくいきそうな方じゃなくて」


 少し間。


「後悔しそうな方、選べ」


「え?」


「やらなかった方で、ずっと引きずりそうな方」


 女性は黙る。


 しばらくして、小さく笑った。


「……ありますね」


「そうか」


「そっちにします」


 女性はそう言って、パン屋には入らず、駅の方へ歩いていった。


 探偵は一人でパン屋を見ながら呟いた。


「人生は迷うのに」


 少し間。


「パンはすぐ選べるんだよな」


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