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駅のホームで終電逃したサラリーマン

 終電が出たあとのホームは、人が少ない。


 ベンチに座って、探偵は缶コーヒーを飲んでいた。


 少し離れたベンチに、スーツの男が座っている。

 ネクタイを緩めて、スマホを見て、ため息をついて、またスマホを見ている。


 電車はもう来ない。


 それでも帰らないらしい。


 探偵は缶を揺らしながら言った。


「終電、もうないぞ」


 男は少し驚いて、苦笑した。


「……ですね」


「帰らないのか」


 男は少し黙ってから言った。


「帰りたくないんですよね」


 探偵は「そうか」とだけ言った。


「家、あるんだろ」


「あります」


「じゃあ帰ればいい」


 男は笑った。


「みんな、そう言うんですよ」


 少し間。


「会社でも居場所なくて」

「家でも居場所なくて」


 男は言う。


「帰る場所はあるんですけどね」


 電車の来ない線路の向こうを見ながら、男は言った。


「帰りたい場所がないんですよ」


 探偵は少し黙った。


「結婚してるのか」


「してます」


「子供は」


「います」


「じゃあ、居場所あるじゃないか」


 男はゆっくり首を振った。


「父親としての席はあります」

「夫としての席もあります」


 少し間。


「でも、俺の席がないんです」


 探偵は何も言わない。


 男は笑った。


「会社では課長としての席があって」

「家では父親としての席があって」


「でも、どこにも“俺”の席がないんですよね」


 ホームに風が吹いた。


 男は言った。


「俺、何のために働いてるんですかね」


 探偵は缶コーヒーを一口飲んだ。


「食うためだろ」


 男は少し笑った。


「夢も希望もないですね」


「そんなもんだろ」


 少し間。


 探偵は言った。


「でもな」


「食うために働いてるやつがいないと」

「食えないやつが出る」


 男は黙る。


「お前が働いてるから、食えてるやつがいるんだろ」


 男は下を向いた。


 しばらくして、小さく言った。


「……明日も会社行きます」


「そうか」


 男は立ち上がった。


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


 男は階段を上っていった。


 探偵は一人、ホームに残って、空になった缶を見た。


「帰る場所があっても」


 小さく呟く。


「帰りたい場所があるとは限らないか」


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