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成功したら幸せになれると思っていた

探偵は事務所の流し台で、コーヒーカップを洗っていた。

 スポンジを持ったまま、ぼんやりしている。


「ねえ」


「ん」


「お客さん」


 探偵は蛇口を止め、手を拭いてからソファに座った。


 四十代くらいの女性が、少し疲れた顔で座っていた。


「どうした」


 女性は少し笑って言った。


「成功したら、幸せになれると思ってたんです」


 探偵はコーヒーを飲む。


「何をもって成功だ」


「いい会社に入って」

「結婚して」

「家を買って」


「全部、やりました」


 女性は少しだけ笑う。


「だから、幸せになるはずだったんです」


 部屋が少し静かになる。


「でも」


 女性は言う。


「思ってたほど、幸せじゃないんです」


 探偵は少し黙ってから言った。


「成功と幸せは、別だ」


 女性は顔を上げる。


「……別なんですか」


「別だろ」


 探偵は肩をすくめる。


「金持ちでも不幸なやついる」

「結婚してても寂しいやついる」

「出世しても辞めるやついる」


「成功したら幸せになるんじゃない」


 コーヒーを一口飲む。


「幸せなやつが、成功しても幸せなだけだ」


 女性は黙る。


 探偵は続ける。


「多分な」


「成功したら幸せになると思って、頑張ってきたんだろ」


 女性は小さくうなずく。


「はい」


「でも逆だ」


 女性は顔を上げる。


 探偵は言う。


「どう生きたら自分が幸せか、先に考えろ」


「成功は、そのあとだ」


 部屋が静かになる。


 女性はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「……順番、逆だったんですね」


「そういうやつ、多い」


 女性は立ち上がる。


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


 扉が閉まる。


 相棒が奥から出てくる。


「成功したら幸せじゃないの?」


 探偵はソファにもたれた。


「さあな」


 少しだけ考える。


「でも」


 コーヒーを飲む。


「幸せじゃないまま成功しても、たぶんずっと幸せじゃないぞ」

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