幸せって何ですか
探偵は事務所のソファで、だらっと寝転がっていた。
手には開いたままの本。
読んでいるのか、ただ持っているだけなのか分からない。
「ねえ」
「ん」
「お客さん」
探偵は本を閉じ、ゆっくり体を起こしてソファに座り直した。
三十代くらいの女性が、少し困ったような顔で座っていた。
「どうした」
女性は少し迷ってから言った。
「幸せって、何ですか」
探偵は少し考える。
「難しいこと聞くな」
「すみません」
「いや、いい」
探偵はコーヒーを飲む。
「逆に聞くけど」
「何があったら、幸せなんだ」
女性は少し考える。
「お金があって」
「結婚して」
「家があって」
「子どもがいて」
「そういうのが、幸せなのかなって」
探偵は言う。
「それは“幸せそう”な生活だな」
女性は少し驚いた顔をする。
「……違うんですか」
「それで幸せなやつもいる」
「それでも不幸なやつもいる」
コーヒーを一口飲む。
「金持ちでも不幸なやついる」
「結婚してても寂しいやついる」
「家買って後悔してるやつもいる」
「逆に」
「金なくても楽しそうなやついる」
「一人でも平気なやついる」
「ボロいアパートでも笑ってるやついる」
女性は黙る。
探偵は続ける。
「たぶんな」
少しだけ考えてから言う。
「幸せってのは、状態だ」
「状態?」
「不満がゼロの状態じゃない」
少し間。
「まあいいか、って思える状態だ」
女性は黙って聞いている。
探偵は言う。
「完璧じゃない」
「嫌なこともある」
「思い通りにならないこともある」
「でも」
コーヒーを飲む。
「まあいいかって思えるなら」
「たぶん、それは幸せだ」
部屋が静かになる。
女性はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……じゃあ私」
「結構幸せかもしれません」
「それはよかった」
女性は立ち上がる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
扉が閉まる。
相棒が奥から出てくる。
「幸せって、そんなもの?」
探偵はソファにもたれた。
「そんなもんだろ」
「ずいぶん適当ね」
「じゃあ聞くけど」
探偵は言う。
「毎日泣いてるやつと」
「たまに笑ってるやつ」
「どっちが幸せだ」
相棒は少し考える。
「……たまに笑ってる方」
「だろ」
探偵はコーヒーを飲む。
「幸せなんて、多分その程度だ」




