正社員が安定だと思っていた
探偵は事務所のソファで寝転がって、天井を見ていた。
「その体勢、楽なの?」
「楽だな」
「お客さん」
探偵はゆっくり起き上がり、ソファに座り直した。
三十代半ばくらいの男性が、少し疲れた顔で座っていた。
「正社員なんです」
「うん」
「だから、辞めちゃいけないと思ってて」
探偵はコーヒーを一口飲んだ。
「でも」
男は少し笑った。
「毎日辞めたいんです」
探偵は黙って聞いている。
「正社員って、安定ですよね」
「そう思ってたんです」
少し黙る。
「辞めたら不安だし」
「続ければ安定だし」
「だから辞められなくて」
探偵はカップを机に置いた。
「金はな」
「え?」
「金は安定してるな」
「毎月入ってくるんだろ」
「はい」
「食うには困らないな」
男はうなずく。
探偵は続ける。
「でもな」
コーヒーを飲む。
「心は、安定してないみたいだな」
男は黙る。
「毎日辞めたいんだろ」
「……はい」
探偵はソファにもたれた。
「食べていくだけなら」
「選択肢は、正社員だけじゃない」
男は顔を上げる。
探偵は続ける。
「自分に」
「毎月いくら必要なのか」
「一回、真剣に計算してみるのもいいかもな」
男は少し驚いた顔をした。
「計算、ですか」
「数字出ると、少し落ち着くぞ」
探偵はコーヒーを一口飲む。
「案外な」
少し間。
「収入減っても、なんとかなるもんだ」
男は黙っている。
探偵は続けた。
「俺も、前は今の三倍くらいあったけどな」
男は少し驚いた顔をしたが、探偵はそれ以上何も言わなかった。
男はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……やってみます」
ゆっくり立ち上がる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
扉が閉まる。
相棒が言う。
「結局、正社員って安定なの?違うの?」
探偵は少し考える。
窓の外で車の音がした。
「さあな」
コーヒーを一口飲む。
「何を安定って呼ぶかだな」




