仕事を辞めたい
昼過ぎ。
スマホを机に立てて、YouTubeを流していた。
ラジオ体操。
第一。
「いち、に、さん、し」
腕を回す。
「……探偵が何してんの」
相棒が言う。
「体操」
「見れば分かる」
ドアが開く。
⸻
入ってきたのは三十代くらいの男だった。
スーツだが、少し疲れている。
椅子に座る。
しばらく黙ってから言った。
「仕事を辞めたいんです」
俺はソファに座る。
「辞めれば?」
男は苦笑する。
「年齢的に、不安で」
「次があるか分からないんです」
少し間。
「でも」
「今の仕事、続けるのもしんどくて」
⸻
俺はコーヒーを飲む。
「どっちも不安なんだな」
男はうなずく。
「はい」
「このまま続けて後悔するのも怖いし」
「辞めて失敗するのも怖い」
沈黙。
相棒が腕を組む。
「よくあるやつ」
「静かに」
⸻
男がふと聞く。
「探偵さんは」
少し迷う。
「どうして弁護士辞めたんですか」
相棒がチラリとこっちを見る。
俺はコーヒーを口にする。
「向いていなかったから」
男は少し驚いた顔をする。
それから、恐る恐る聞く。
「辞めるとき、怖くなかったですか」
俺は少し考える。
「怖かったよ」
それから続ける。
「でも」
コーヒーを机に置く。
「そのままで何年も続けて」
少し間。
「後で後悔する方が、もっと怖かった」
⸻
男は黙る。
しばらくして言う。
「……そうですよね」
「でも」
「結局、決められないんです」
俺は肩をすくめる。
「別に今決めなくてもいい」
男が顔を上げる。
「え?」
「悩んでるってことは」
少し間。
「まだ見捨ててないってことだ」
「……何をですか」
「自分の人生」
⸻
長い沈黙。
男は小さく笑う。
「そうかもしれません」
それから立ち上がる。
「今日は帰ります」
「また来てもいいですか」
「いいぜ」
男は頭を下げて、事務所を出ていった。
⸻
扉が閉まる。
相棒がからかう。
「どうして弁護士辞めたんですか、だって」
「よく聞かれる」
俺は苦笑して、ソファに戻る。
「まぁ、外からすると不思議なんだろうな」
コーヒーを口にする。
窓の外は、いつも通りの空だった。




