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叫んだのに、何もなかったことにされた

 電車は、もうすぐ駅に着くはずだった。


「次、だな」


 俺が立ち上がる。


 相棒が吊り革を掴む。


 そのとき。


 ドア近くの席に座っていた男が、ゆっくり立ち上がった。


 一瞬、何か言いかけたように口が動く。


 次の瞬間。


「ああああああああああ!」


 車内が凍った。


 鋭い声。


 怒鳴りでも、泣き声でもない。


 ただ、喉の奥から無理やり引きずり出したみたいな音。


 乗客が一斉に距離を取る。


 スマホを構えるやつもいる。


 子どもが泣く。


 男は、何も続けない。


 肩で息をしているだけ。


 やがて、次の駅に滑り込む。


 ドアが開く。


 男は何事もなかったように降りた。


 ホームに立つ背中が、少しだけ小さく見えた。


 ドアが閉まる。


 電車が動く。


 誰も何も言わない。


「……びっくりした」


 相棒が小さく言う。


「ああ」


 俺は頷く。


 胸の奥に、妙な引っかかりが残る。


「……何もなかった」


 相棒がぽつり。


「ん?」


「叫んだのに。誰も、あの人の顔見てなかった」


 俺は視線を落とす。


 確かに。


 みんな、スマホか、ドアか、足元を見ていた。


 叫びはあった。


 でも、視線はなかった。


「……証拠はいらないな」


 相棒がこちらを見る。


「何の?」


「限界だったって証拠だ」


 電車は次の駅に着く。


 俺たちは降りる。


 だが。


 あの声だけが、耳に残っていた。

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