依頼終了
ドアが開いたとき、少しだけ懐かしい匂いがした。
「あ……」
三十代前半。背筋の伸びた女。
初回より、顔つきが落ち着いている。
「また修羅場か?」
俺が言うと、彼女は小さく首を振った。
「いえ。今日は、報告です」
椅子に座る。
姿勢は前と同じだが、肩の力が抜けている。
「離婚、決めました」
俺はうなずいた。
「そうか」
相棒がペンを止める音がする。
「証拠は?」
「使いませんでした」
「見もしなかったか」
「はい。……見なくても分かっていたので」
静かだ。
俺は引き出しを開け、封筒を取り出す。
「なら、こいつは処分だな」
「お願いします」
封筒を戻す。
「これで依頼は終了です」
彼女は、その言葉を少しだけ反芻するように黙った。
「終わり、ですね」
「ああ。終わりだ」
少しの間。
「終わったら、ここに来る理由なくなりますね」
相棒が顔を上げる。
俺は椅子にもたれた。
「うちは喫茶店じゃない」
彼女が笑う。
「コーヒーは出してくれますよね」
「依頼があればな」
一瞬、彼女の視線がまっすぐこちらを向いた。
「依頼がなくても、来ちゃだめですか?」
ほんのわずか、言葉が遅れる。
「……来ても、あんたが期待するようなことは起きない」
それだけ言う。
彼女はうなずいた。
「分かってます」
立ち上がる。
「証拠は、いりませんでした」
ドアノブに手をかけて、振り向く。
「あなたがいなかったら、決められなかったと思います」
「決めたのはあんただ」
即答。
でも、声は少しだけ低い。
彼女は小さく笑った。
「そうですね」
ドアが閉まる。
静かになる。
相棒がカップを持ち上げる。
「……あの人、ここが気に入ったのかな?」
「さあな」
少しの沈黙。
俺はコーヒーを淹れ直す。
湯気が上がる。
「終わったなら、それでいい」
相棒は何も言わない。
カップを両手で包みながら、少しだけこちらを見る。
俺は視線を外す。
……ここは、喫茶店じゃない。
でも。
コーヒーくらいは、出す。




