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朝起きたら人間の言葉が分からなくなりましたので、喋るワンコ(バリトンボイス)を相棒に原因を突き止めます  作者: 海外空史


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13/14

13 向きあう

 公園のブランコで千紗の姿を見つけて、私はホッとしていた。たった1日会っていないだけなのに、すごく久しぶりに彼女を見た気がする。

 私は千紗に近づいえいった。近くに行くと、彼女は驚きに満ちた顔をしていた。千紗は口を開いた。


「:$%→÷=○〆|\=¥→×=€?」


 親友の口から出てきたのは意味を持たない音だった。心のどこかでは千紗の言葉ならちゃんと聞こえるかもしれないと身勝手な希望を抱いていたが、違ったみたいだ。

 はっきり言って、この状態はまずい。千紗の言葉が分からないんじゃ、会話もままならない。

 でも、私は1人じゃない。私には頼れる相棒がいる。ちらりと横に目を向けた。


「『どうして、私がいるところが分かったの?』だそうだ」


 千紗のとは全く違う落ち着きのあるバリトンボイスが私の横から聞こえた。もちろん、ジョンが発したものだ。

 ここに向かう途中、ジョンと打ち合わせをしておいた。もし、私が千紗の言うことが分からない場合、ジョンが通訳をするというものだ。

 彼の提案の通り、検証をしておいて良かった。


「だって、ここを私に教えてくれたのは千紗でしょ。嫌なことがあったらこのブランコを漕いていると落ち着くよって」


 私が中学生の頃、些細なことで親と喧嘩したことがある。あの日も私は家を飛び出した。

 どこに行けばいいか途方に暮れている私に千紗は手を引いてくれて、この公園に連れていってくれた。

 そして、私が落ち着くまで一緒にブランコを漕いでくれた。


「☆→$#<・|€×→÷」

『ああ、そんなこともあったね』

「隣に座っていい?」


 私は千紗がコクリと頷いたのを見た後、空いているもう1つのブランコに腰掛けた。ジョンも私に続けてブランコのそばまで来てくれた。

 私たちはお互い黙ったままだった。辺りはもう真っ暗で、公園の灯りだけが私たちを照らしていた。ここには私と千紗、ジョン以外誰もいなかった。


「私ね」


 私がそう切り出すと、隣にいる千紗が私の顔を覗き込んだ。今の彼女からは昨日の剣幕は感じられなかった。それどころか、どこか寂しそうに見えた。


「夢があるんだ。いつか自分のアパレルショップを開くの」


 千紗もジョンも私の話を静かに聞いてくれた。


「私の好きな服を並べて、来てくれた人に私のおすすめを紹介して、たくさんの人が来てくれて、そうなれたらいいなと思っている」


 私は親友の顔を見た。そして、彼女に向かって笑いかけた。


「その時は千紗も来て欲しいな。千紗だったら親友割引で安くしちゃうよ。なんてね」


 私はジョンに教わった通りに深呼吸した。千紗の顔を真っ直ぐに見つめた。


「それが私の夢。その夢を叶えるためにはアパレル関係もそうだし、お店をどうやって経営していくかとか色々なことを勉強しないといけない。だから、私はこの街を出て、遠くの大学に行くよ」


 私の言葉に千紗は目を見開いた。彼女は何か言おうとしたが、そのまま俯いてしまった。


「☆#$=、×\:々=*・°々=→°*÷|→〆=・×→*|・」

『やっぱり、私よりも自分の夢の方が大事なんだ』

「違うよ。どっちも大事。どっちかなんて選べないよ」

「♪°$#々=*=○#・>#々=・=×=*|?」

『なら、どうして私を置いていくの?』 


 千紗はブランコから立ち上がった。彼女は拳を強く握りしめていた。


「$°☆>○|」=々=*#○>○=々=・!」

『あんたは私のことなんかどうでもよくなったんだ!』

「そんなことあるわけない!」


 今度は私も立ち上がり、千紗に近づいた。彼女は近づいてきた私に気圧されたのか少し後ずさりをした。


「私、千紗のことは本当に親友だと思っている。千紗をどうでもいいとか絶対に思わないよ」

「#/@€! €°×€=€*・*→=^*・€=・×=○!」

『じゃあ! どうして私1人残して、置いていくの!』


 千紗は昨日と同じような険しい表情をしていた。やがて、その表情は弱められ、目に涙が浮かんできた。


「>|○・=#=→・々÷=€☆♪€=・…÷|=々€=・々」

『私はこの先もずっと莉渚といたい。だから』


 不意に千紗が私に向かって抱きついてきた。私の背中に彼女の両腕が回される。両腕に力が込められていた。


「+>°$|○*=・=」=*……」

『私を1人にしないで……』


 消え入りそうな声で彼女は私の耳元で囁いた。こんなに千紗と密着したのは久しぶりだ。

 千紗も私と離れることをとても寂しがっていた。昨日の彼女の剣幕も寂しさからきたものだということを実感した。そんな彼女のことを嫌いになれなかった。

 私も千紗の背中に腕を回した。彼女は抱きしめられたと分かり、顔を私に近づけた。


「正直、私も寂しい。千紗と離れ離れになるのはやっぱり辛いと思う」

「→=*°×!」

『それなら!』

「でも」

 

 私は彼女の両肩に手を置いた。そして、千紗の顔を見つめた。


「私は信じているよ」

「?」


 千紗は困惑した表情を浮かべていた。今こそ自分の想いを言葉に変えて親友に伝える時だ。精一杯言葉を尽くして彼女に伝えたい。昨日の喧嘩の時に言えなかった想いを千紗に届けたい。

 そして、千紗の言葉が聞きたい。意味不明な音ではなくて、彼女の想いが乗った言葉を聞きたいと思った。


「お互い遠くに行っても、離れたところにいても、私と千紗の仲はそう簡単に変わらないって。距離が離れたからだといって、心まで離れたりしないって」


 今日の不可思議な1日を送りながらずっと考えていたことだ。

 私も千紗と離れることを不安に思っていた。けれど、離れ離れになったとしても、こうして言葉を交わせば、そして、お互いの気持ちが分かれば、いつまでも仲良しのままでいられるとようやく理解できた。

 

「私は信じてる。私たちは大学に行っても、働いても、結婚しても、しわくちゃのおばあちゃんになっても親友でいられるって。いられるようにするって。だからさ」


 私は目の前で涙を流している親友の顔を拭った。

 先輩や先生に聞いたことがある。離れ離れになってしまった友達とずっと仲良くいられますかと。

 私の質問にみんなはこう答えた。それはその人たち次第だと。お互いを想っているなら、どんなに離れていても仲良くできると。

 それなら私もそうしたい。だって、千紗は私の親友だから。今までも、そして、これからも。


「私を、私たちのことを信じて。ずっと親友でいたいって、いようって思うならきっと大丈夫だよ」


 千紗は息を呑んだ。そして、再び大粒の涙を流していた。

 

「千紗、今までありがとう。これからも私の親友でいてね」


 私はそう言って、彼女を抱きしめた。千紗は私の肩に顔を置いて嗚咽を漏らした。


「ごめん、莉渚。酷いこと言って、ごめん」

「ううん。私だって千紗のことを考えないで1人で決めちゃったから」

「私も信じたい。これからも親友でいたいよ」

「私もそうだよ。都会に行っても電話する。メールもする」

「たまにはこっちに帰る?」

「うん、もちろん。月に1回は必ず帰るよ。千紗も遊びに来てね」

「行く。絶対に行く」


 私たちは抱きしめ合ったまま、会話をしていた。何度も言葉のやり取りを交わした。

 


 どれくらい経ったか分からないが、私は公園で千紗と別れた。離れた私たちの顔はお互い赤くなっていた。

 まさか喧嘩だけならまだしも、抱きしめ合うとは考えていなかった。今思い返すと少しだけ恥ずかしい。

 でも、いいかと思った。この思い出もきっとまた会う時に昔話の花が咲くはずだから。


「良かったな、莉渚」


 家に帰るという千紗を見送った後、私はジョンと一緒に我が家へと帰っていた。

 流石に夜も更けてきた。このままだと、警察に補導されてしまう。


「うん。ジョンも力を貸してくれてありがとう」


 私は相棒にお礼を言った。ジョンのお陰で千紗と話をすることができた。

 というか、さっきまでの私たちはジョンを通訳にして会話していたのか。何気に人類初めての試みだったのではないだろうか。

 

「あっ」

「どうした?」

「結局、元に戻ってないじゃん。どうしよう……」


 千紗と話すことに夢中ですっかり忘れていた。私は未だに人間の言葉が分からないままなのだ。神様へのお願いがどうやったら解消できるのか全く不明のままだ。

 私がこれからのことを悩んでいると、ジョンは怪訝な顔を私に向けていた。


「どうしたの? そんな顔をして」

「まさか気づいてないのか?」

「何のこと?」


 ジョンは少し驚いた後、柔らかく笑った。


「君はちゃんと親友と話ができていたよ」

「え? ああ、ジョンが間に入っていたからね」


 私がそう答えると、彼は首を横に振った。


「そうじゃなくて。途中からワタシは会話に入っていないよ」

「ええっ!?」

 

 ジョンの言葉に私は飛び上がらんばかりに驚いた。確かに思い返してみると、千紗との話し合いの後半ではジョンの声を聞いていない気がする。

 私はちゃんと彼女の言葉が届いていたのだ。千紗と話すことに夢中になりすぎて全然気づかなかった。

 

「え? ということは、つまり……」


 私は恐る恐るジョンの顔を見た。彼は私の疑問を肯定するかのようににっこりと笑った。


「そうだよ。もう莉渚は元通りだ」


 ジョンからそう言われ、私の中は達成感や開放感のようなものに満たされた。ようやく今日やってきたことが報われた気がする。

 試しにスマホを起動してみた。SNSのアプリを立ち上げると、お父さんやお母さん、友達から色々メッセージが届いていた。もちろん、ちゃんと日本語で表示されていた。

 どのメッセージも私のことを心配しているばかりだ。私は普通の人に戻れた気分になった。


「やった! 文字も読めるよ! 私、本当に元に戻ったんだね」

「おめでとう、莉渚。そして、お疲れ様。君が頑張ったお陰だよ」

「ううん。私だけじゃないよ。ジョンがいてくれたからだよ」


 私は相棒の頭を撫でた。ジョンは本当に私の助けになってくれた。私1人だけでは到底解決できなかったに違いない。

 そこまで考えてあることに気づいた。私は人間の言葉が分かるようになった。つまり、それは。


「これでもうワタシと話せなくなるだろうね」


 私の考えを見透かしたようにジョンは優しく微笑んでいた。


「ジョン……」

「そんな寂しそうな顔をしないでくれ、莉渚。これは永遠の別れではない。だが、それでもワタシは君に言いたいことがある」


 ジョンは私を真っ直ぐに見つめた。私も彼のことを見つめ返した。


「君はこの街から去ってしまうのだろう。ワタシから餞の言葉だと思ってくれ」


 ジョンは柔らかく微笑んだ。その笑顔を見て、私は気づいた。そうだ、私はジョンとも離れ離れになるのだ。

 家族や千紗とは話し合うことができた。でも、ジョンとは私がこの街に出ることについて全く話したことはなかった。


「莉渚がこの街から出ていくと聞いて、ワタシにとっては空が落ちてくるかと思うほど衝撃的だった」

「ごめん、ジョン。中々言えなくて」


 私は遠くの大学に行くことをジョンに伝えていなかった。今までも、言葉を交わすようになってからも言っていなかった。


「それは気にしていない。ただ莉渚がいない家を想像するだけで寂しい気持ちになる。子犬の頃からずっと一緒にいた君がいなくなるんだ。ワタシは莉渚の親友の気持ちが痛いほど分かるよ」


 ジョンもまた千紗と同じくらい寂しさを感じていたのだ。私はその事実に気づいて申し訳なくなった。


「本当にごめんね」

「謝らなくていい。ワタシも莉渚のお陰で分かったことがあるんだ」

「え?」


 そう言ったジョンは真剣な顔つきになっていた。そして、私に向けて柔らかく微笑んだ。


「ワタシも莉渚との仲を信じているよ。たとえ遠く離れていても、ワタシと莉渚はずっと仲良しだ。ワタシもそう信じようと思った」


 ジョンは私の足元に近づいた。そして、私に寄り添ってくれた。今までの慰めるものとは違い、背中を押してくれているみたいだ。


「だから、ワタシは君の夢を応援している。ワタシはいつだって莉渚の味方だ」


 ジョンの言葉に胸が熱くなった。本当に彼は私を何度も助けてくれる。かけがえの無い存在だ。


「ありがとう、ジョン。たまには家に帰ってくるね」

「ああ、待っているよ」


 その後、私とジョンは家への帰路を噛み締めるように歩いて行った。道中色々な話をした。今日あったことやお互いの話を、そんな取り留めもない話をたくさんした。



 気づけば、私たちは我が家の前まで来ていた。毎日見ているはずの家がなんだか久しぶりな気がする。

 たった1日の出来事なのに、何日も外で歩き回った気分だ。

 私とジョンは家の敷地に入った。彼は私に先に家に入るようと言った。まさかペットからレディファーストをされるとは思わなかった。


「ジョン」


 家に入る前に、私はジョンの方を振り返った。彼は私が家に入るのを見守るようにお座りしていた。

 私は何を言おうか迷った。別にジョンと永遠に会えなくなるわけじゃない。

 けれど、こうして言葉を交わせるができるのが最後だと思うと、何かを言うべきだと思った。

 

「今日1日、ジョンと一緒にいて楽しかったよ。今日のことはずっと忘れない」


 結局、私の口から出て来たのはそんなありきたりな言葉だった。


「ああ、ワタシもだ。ワタシたちの一生の思い出だな」


 そう言って、ジョンは私に向かって笑いかけた。


「おやすみ、また明日ね」

「おやすみなさい。また明日」


 私たちはそう普通に挨拶を交わした。私は玄関のドアに手をかけた。少し力を入れてドアを開けた。



「ただいま!」


 家に入った私はお母さんとお父さんに届くように大きな声で言った。私の声が聞こえたのか、リビングの方からドタドタと大きな足音が聞こえた。


「莉渚っ!」


 心配そうな顔をしているお母さんとお父さんが玄関にやって来た。私を見てとても驚いた表情を浮かべている。


「どこに行っていたの!?」

「あちこちを探したんだぞ」


 お母さんは両腕で私を包み込むように抱きしめた。お父さんはお母さんと私の肩に手を置いた。両親からこんなふうに抱きしめられるなんて子供の頃以来だ。

 私は両親にとても心配と迷惑をかけたことをようやく実感した。


「勝手に家を出ていってごめんなさい。遅くまで帰らなくてごめんなさい」

「無事で良かったわ」

「莉渚の元気な顔を見て安心したよ」


 2人は私の顔を見て、安堵したような笑みを浮かべていた。


「本当にごめんなさい」

「ジョンもどこかへ行ってしまったから心配してたんだ」

「今までどこに行っていたの?」


 お母さんからそう問いかけれて、私はどう答えようか迷った。

 今日あったことをそのまま正直に言っても誰も信じてくれないだろう。私の身に何が起こったかなんて説明しても分からないし、私も証明できそうにない。だから。


「ちょっと遠くまで行っちゃってて。でも、ジョンが迎えに来てくれたから、なんとか家に帰れたよ」


 私は頼れる相棒のことを口にした。こうして、私の長い1日が終わりを告げた。


次回、最終話になります。

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