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朝起きたら人間の言葉が分からなくなりましたので、喋るワンコ(バリトンボイス)を相棒に原因を突き止めます  作者: 海外空史


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最終話 旅立ち

 色々なことが起こった日から一夜が明けた。朝起きると、日常が戻ってきた。何の変哲もない普通の日常が。

 私は動物の言葉が分からなくなっていた。ジョンはあのバリトンボイスではなく、普通の犬の鳴き声に戻っていた。

 登校している時に見かける野良猫は私に向かってニャーと鳴き声を上げたが、その言葉の意味は分からなかった。本当に自分は元に戻ったのだと実感した。

 千紗とも以前のように親友のままだ。でも、学校で会うと、あの夜の会話が思いだされて、お互い少し顔が熱くなる。あの時は2人とも他の誰にも言えないようなことを言ったものだ。

 千紗は私の進路を応援してくれるようになった。彼女の中で何か吹っ切れたようで、私の受験勉強を見てくれるようになった。

 彼女は私に絶対合格するように言った。勉強を教えてくれるのをたまには手加減して欲しい気もする。

 そして、あっという間に私の日常は過ぎていった。


 

 3月の晴れやかな青空が広がる日のことだ。雲1つもない澄んだ空は私の旅立ちを応援してくれているように見える。

 今日、私は自分が生まれたこの街を出る。

 親友の力を借りて、私は無事に志望大学に合格することができた。

 合格発表を見た時、天高く上るぐらい喜んだ。千紗も私の合格におめでとうと祝ってくれた。

 大学に合格したことで私の生活は騒がしくなった。入学の手続きをしたり、1人暮らしに必要なものを揃えたり、やることが山ほどあるからだ。

 両親や、時には親友にも手伝ってもらいながら、私は春からの新生活の準備を進めていった。

 そして、今日はいよいよ私がこの街を出る日だ。今日から進学先の街で新しい生活が始まる。


「先に車まで行っているからね。ちゃんと忘れ物ないか確認しなさいよ」

「はーい。分かっているよ」


 お母さんからそう声をかけられ、私は家を出る前に最後の確認をした。家具や家電、日用品や服は引越し先に送られている頃だ。だから、後は自分が持っていくものを確認すればいい。

 

「よし! 準備完了!」


 必要なものをバックに詰め込んだ。これでいよいよ出発だ。

 生まれてからずっと暮らしていたこの家を出る。そう考えると、感慨深くなる。

 家に出る前に私は『彼』のところに寄った。どうしても家に出る前に挨拶をしたいと思ったところだ。

 『彼』は相変わらず大きくフサフサの白い体毛で、人懐こい笑顔を浮かべていた。


「ジョン、行ってくるね」


 私は膝をついて、ジョンと目を合わせて言った。


「ワン!」


 ジョンは短くそう吠えた。もちろん、その言葉の意味は分からない。

 彼は私の近くまで来た。そして、私に寄り添った。それは千紗と話をする前に、私を励まそうとする姿に似ていた。


「ありがとう、ジョン」


 私は何度目か分からない感謝を述べた。あの日、本当にジョンがいてくれて良かった。

 どうして私が動物と言葉を交わせるようになったかは分からない。もしかしたら、千紗と喧嘩した時、人間じゃなくて動物と話すことができますようにと無意識に願ったのかもしれない。

 どちらにせよ、私はもう動物と、ジョンと話すことができない。それは寂しく思えた。


「またね、ジョン」


 私は彼の頭を撫でた。ふわふわとした感触が心地良い。頭を撫でられたジョンはにっこりと笑っているように見えた。


「また会おう、莉渚。君ならきっと大丈夫さ」

「え?」


 ふと聞き覚えのある声が聞こえた。あの日によく隣で聞いた声だ。聞くと心地よくなるバリトンボイスだった。


「ジョン?」


 私は彼の顔をよく見つめた。ジョンは相変わらず人懐こい笑みを浮かべていた。

 私の聞き間違いだろうか。でも、その声を聞くと、とても安心し、勇気が湧いてきた。

 私は立ち上がった。もう出発する時間だ。


「行ってきます」


 最後に、私はジョンに向かってもう一度挨拶をした。


「ワン!」


 私の挨拶を返すようにジョンは元気よく声を上げた。



 お父さんの運転する車に乗せられて、私は街の駅に着いた。この駅から新天地へ出発する。

 駅に着くと、千紗が待っていた。彼女は私が電車に乗る時、必ず見送ると約束してくれた。

 千紗の顔を見て、私は気持ちが明るくなった。


「来てくれてありがとう」

「親友の見送りだからね。当たり前だよ」


 千紗は晴れやかに笑った。彼女は私と喧嘩してから、変わった気がする。受験勉強の忙しさもあってか、私と一緒にいる時間が減った。

 少し寂しさを感じたが、それでも会うといつものように話をする。それが離れていても私たちは変わらないという証明に思えて私は嬉しくなった。

 私たちは改札を通った。電車に乗るのは私だけで、両親と千紗は見送りするためだ。

 ホームに着いて、後は電車に乗るだけになった。余裕を持って早めに着いたから、電車はまだ来ていない。

 お父さんとお母さんは私たちから離れたところにいた。私と千紗が2人で話ができるようにだろう。私は両親の気遣いに感謝した。


「もう行っちゃうんだね」

「そうだね」


 千紗からそう言われ、私は本当にこの街から離れることを実感した。この街から出ていく私が言うのもなんだかやっぱり寂しさを感じる。

 両親や千紗、ジョンといった大切な者の顔を思い浮かべた。


「そんな申し訳なさそうな顔をしないでよ。散々話し合ったし、私はもう大丈夫だよ」


 千紗は苦笑しながら私に言った。確かに『散々話し合った』。あの時のことを思い出して、私も改めて色々なことを言ったものだと思った。

 

「ありがとう、千紗。私も向こうに行っても頑張るね」

「頑張れ。莉渚ならきっと大丈夫」


 彼女は私の肩を軽く叩いた。親友と相棒からエールを貰った。私の不安は大分軽くなった。


「私も決めたよ」


 千紗は私の顔を見て、言った。その顔は今まで見たことがないほど真剣な顔つきになっていた。


「莉渚みたいに私の夢を見つける。その時は莉渚も応援してくれる?」


 親友からそう問われた。私の出す答えは決まっている。


「うん、もちろんだよ。千紗ならきっと大丈夫だよ」


 そう言って、私は千紗の両手を自分の両手で包み込んだ。


「ありがとう」


 彼女は優しく笑って、私の手を握り返してくれた。


「またね」

「うん。また会おうね」


 私たちはどちらともなくお互い抱き合った。けれど、涙は出なかった。これが永遠の別れじゃない、いや、永遠の別れにさせないことをどちらも理解しているからだ。


 

 電車がホームまでやって来た。いよいよ旅立つ時だ。電車に乗る前に、私はホームを振り返った。

 振り返った先には、お母さんとお父さん、そして、親友の千紗がいた。3人とも私の背中を押すように優しく微笑んでいた。

 この電車に乗れば、私はもう新天地へと向かうことになる。だから、最後に見送りに来てくれた3人へ何かを言いたかった。

 けれど、感謝やまたねとはもう何度も言った。ならば、何を言おうか。

 私は手を挙げた。ここのいる3人に聞こえるように、我が家にいる相棒に聞こえるように。


「行ってきます! 私、頑張るよ!」


 そう宣言して、私は電車に飛び乗った。背後からいってらっしゃいと聞こえた。そして、電車のドアは閉められた。

 私は前を向いた。電車が動き出す。私の新たな生活が始まる音がした。


これにて物語は完結です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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