12 私の親友(千紗編)
今回は千紗視点の話になります。
私には親友と呼べる子が1人だけいる。その子以外は友達とも呼べない。彼女以外何もいらない。
私、坪井千紗はとても恵まれている。人より目立ちやすい容姿、勉強を卒なく熟す頭、男子顔負けの身体能力。私には優れた能力があった。
私は決して性格が良いわけではない。どうしても自分と他人を比べてしまい、何故私と同じようにできないのかと苛立つことがある。
そんな私には人が集まってきた。容姿に惹かれた者、頭や運動神経を頼りにしている者が近寄ってきた。火に集まる虫のように群がってきた。
その人たちは口々に私を褒め称えた。かっこいいなんてすごい。頭が良いなんてすごい。運動ができてすごい。
そう言われるのが私は内心嫌で仕方なかった。誰もが表面的な私を見ている気がしたからだ。
ゲームのキャラクターみたいに何ができるか、どんな能力があるかで私を判断しているように思えた。
誰も私の内面を気にかけない。どんな性格なのか、どんな物が好きなのか誰も興味を持ってくれなかった。
それどころか勝手に自分たちの想像を私に押し付けようとしていた。
きっと大人っぽくてクールなんだろう。きっとオシャレで高級ブランドが好きなんだろう。
私はうんざりしていた。これからもきっとそんな扱いをされるだろうということにうんざりしていた。
そんな私にある出会いがあった。
小学校の5年生の時だ。私は人から離れたくて図書室で本を読んでいた。
私の通っていた小学校の図書室は教室から遠く離れたところにあったため、閑散としていた。
その静かな空間が私は好きだった。誰からも何も言われないし、私は自分の好きな本を読むことができる。私の唯一の心休まる時間だった。
私は窓際に面した細長いテーブルで本を読んでいた。テーブルにはいくつかの椅子が並べられ、私は壁際の椅子に座っていた。
私が至福の時間を過ごしていると、不意に隣でカタンと音がした。私は本から目を離し、音のした方向に目を向けた。
1つ開けた椅子に1人の女の子がいつの間にか座っていた。その顔に見覚えがないため、私とは別のクラスの子だろう。
その子は幸せそうな顔で本を読んでいた。私は本に夢中になっている女の子から目を離し、再び本に視線を戻した。
「ううっ」
しばらくして、隣から声がした。私は思わず横を向いた。
その女の子は涙を流していた。私はぎょっとした。一体何があったのだろうか。その子のことがほっとけなかった。
「ねえ? 大丈夫?」
私は泣いている子に話しかけた。私の声が聞こえたのか、その子は私の方を向いた。
「ごめん、ちょっと本を読んでいたら泣けてきちゃった」
その子は泣き笑いの表情を浮かべていた。普段の私だったらそっかと言って会話を終わらせたはずだ。
「へえ? どんな本なの?」
しかし、私はそこで会話を終わらせなかった。ただ単純にその子が泣くほどの本がどういう内容なのか気になったからだ。
「えっとね、2人の女の子が鏡の世界に閉じ込められちゃったんだ。それで2人が協力して、鏡から抜け出そうって頑張る話だよ。2人ともとても仲が良くて、喧嘩もしたりするんだけど、最後はね」
その女の子は不意にあっと声を上げた。そして、続きを言わずに悪戯っぽく笑った。
「続きはどうなるの?」
「言わない。自分で読んでみてよ」
女の子は手に持っていた本を私に手渡した。私はその本を受け取った。
「ねえ、千紗ちゃんはどんな本を読んでいるの?」
その子はいかにも興味津々といった感じで私を見ていた。ふと引っかかりを覚えた。
「私、自分の名前、言ったっけ?」
「ううん、言ってないよ。でも、誰だって知っているよ。かっこよくて、頭が良くて、運動もできるすごい子がいるって」
その子は私の『良いところ』を何の気なしに挙げていった。私はこの子も他の人と同じだと決めつけた。私に変な期待を抱いているに違いないと思った。
「ねえ、それで何の本を読んでいるの?」
「教えない」
「え?」
私が冷たく言い放つと、その子は困惑の表情を浮かべていた。
今、私が読んでいる本はみんなが想像している『私』には似つかわしくないものだ。この子だって、それを知れば勝手に幻滅するに違いない。だから言いたくなかった。
「何で教えてくれないの? 私も読んでみたいよ」
「教えないってば」
「どうして?」
その子は好奇心旺盛なのか中々引き下がらなかった。見た目に反して意志が強いのかもしれない。
「だって、あんたが知ったら、想像と違ったとか言うんでしょ」
「え?」
「こんな本を私が読むとは思わなかったとか馬鹿にすると思うよ。私は好きな本を読んでいるだけだから。ただそれだけ」
私は会話を打ち切るように本の世界へ戻った。これでこの子も諦めるだろうと思った。
それにしても誰にも言ったことがない自分の本音を思わず言ってしまった。まあ、この子だけに言ったところで別にいいか。そう思っていた時だった。
「そんなことしないよ」
「え?」
今までと違って、はっきりとした声が聞こえた。今度は私が聞き返す番だった。私は声のした方を向いた。
その女の子は明るく微笑んでいた。
「私は絶対に馬鹿にしない。千紗ちゃんがどんな本を読んでいたってそんなことしない」
「……どうして?」
私が問いかけると、その子はキョトンとした顔になった。そして、優しく笑った。
「だって、好きなものは自分で決めるものだよ。人から何を言われたって、気にしなくていい。好きなものは自由に好きになっていいんだよ」
窓から光が差して、その女の子を照らしていた。そのせいかその子は輝いて見えた。
「私、帯山莉渚。ねえ、千紗ちゃんの好きなものを私に教えて」
そう微笑んで言った。好きなものは自由に好きなっていい。
それを言われた私の心がどれほど動かされたか。誰にも、言った本人すら分からないだろう。
私は何かから解放されたような気がした。今までよりも体が軽く感じる。
「絵本だよ。なんか子供たちが頑張って料理を作るっていうやつ」
気づけば、私はそう口に出していた。私は字ばかり書いてある本は苦手で、絵本が昔から好きだった。
まさか高学年である私が1年生が読むような絵本を好きで読んでいるなんて誰も思わないだろう。
『私』にまとわりつくイメージとは全然違うものだ。でも、この子、莉渚になら教えたいと思った。
私の言葉に莉渚は顔を明るくした。
「教えてくれてありがとう。私も読んでみるね」
「千紗でいいよ」
「え?」
「私のことは千紗って呼んで欲しい」
私は莉渚ともっと仲良くなりたいと思っていた。だから、呼び捨てで呼んで欲しいと彼女に告げた。
「分かった。そうするね」
莉渚はそう言って、花が咲いたように笑った。これが私と親友である莉渚との出会いだった。
莉渚と出会って、私の生活は変わった。相変わらず人から色々と言われることは変わらない。けれど、莉渚といる時だけは違った。
彼女の前では色々な私を出すことができた。可愛い服が好きな私、絶叫マシンが嫌いな私。
どの私も莉渚は受け入れてくれた。決して私に幻滅したりしなかった。
私に心休まる居場所が増えた。いや、莉渚がいるならもう図書室は必要ないと思えるほどだった。
莉渚が隣にいる。それだけで私は幸せだった。
「私、高校を卒業したらこの街を出るよ」
高校3年生の春、莉渚からそう告げられた。あまりの衝撃に、私は気を失いそうになった。
莉渚とはずっと一緒にいられると思っていた。今の高校だって莉渚と同じところを選んだ。
親や中学の先生からはもっと偏差値が高い高校を選びなさいと言われたが、私は決して頭を縦に振らなかった。
1年も経たずに、私たちは高校を卒業する。その時は少しずつ近づいてくる。
そして、高校を卒業したら、私たちは別々の道を歩む。莉渚と離れ離れになってしまう。それを恐れた私は思い直すように彼女に言った。
けれど、莉渚は私の言葉を受け入れなかった。私が1人暮らしなんてできるのと言うと、莉渚は親から家事を習うようになった。
私が都会は危ないよと言うと、彼女は先生や卒業した先輩から都会で生活する時に気をつけることを色々と聞いていた。
勉強が苦手なはずの莉渚は真面目に取り組んでいた。分からないところは先生や私に聞いたりしていた。
その姿を見て、私は悟った。莉渚は本気なんだと。本当にこの街から、私から去ってしまうのだと。
それでも、私は断固として受け入れられなかった。ずっと莉渚といたかったからだ。また彼女と出会う前の日々に戻りたくなかったからだ。
私は莉渚に地元の大学に行くように勧めた。それがダメなら、自宅から通える大学にすればいいと言ってみた。
でも、何の効果もなかった。彼女は自分の夢に向かって突き進んでいた。
莉渚は変わらない。初めて会った時みたいに譲らなかった。
私も同じだ。相変わらず莉渚に甘えている。心の拠り所にしている。
私はどうすればいいのだろうか。正直、大学に行っても何もやりたいことはない。行きたい大学も特にない。ただ莉渚と一緒にいたかっただけだ。
とうとう、昨日の放課後、莉渚と喧嘩してしまった。今思えば私たちの初めての喧嘩だ。
あんまりにも私の言葉を聞き入れない莉渚に苛立ちを抑えきれず、思ってもいないことを言ってしまった。私は家に帰って後悔した。次の日、学校で謝ろうと思った。
しかし、今日、莉渚は学校に来なかった。先生によると、朝、急に家を飛び出し、そのまま帰ってきていないという。
私は激しく後悔した。私のせいだろうか。私が昨日あんなことを言ってしまったからだろうか。
あの子に何かあったのか。莉渚は危なっかしいところがあるから、私はずっと心配だった。
今日1日、莉渚はいなかった。私は心がすっぽりと空いた気分だった。
そして、学校が終わってもなお、家に帰らず、私はずっと『ここ』にいた。
「莉渚、どこにいるの?」
私はここにはいない親友の名前を呟いた。いつの間にか目から涙が溢れた。
私なんかが泣く資格はない。けれど、涙は溢れた。本当は親友を探しに行きたいのに、足が動かなかった。
「私はいるよ!」
突然、聞き慣れた、そしてずっと聞きたかった声が私の耳に届いた。私は公園の入り口を見た。
そこには今日1日、顔を見なかった親友の姿があった。彼女の隣には何故か大きな白い犬がいた。確か、莉渚のペットだ。
莉渚は公園に入り、どんどん私に近づいている。そして、とうとう私が座っているブランコのそばまで来た。
「やっぱり、ここにいたんだね」
そう言って、莉渚は初めて会った時と同じような明るい笑顔を浮かべていた。




