第八百五十四話 『何よりも大切で、もうそれしか残ってなくて』
自分は正義だ、絶対正義だ。そう言い聞かせて何年経っただろう、実際の長さと噛み締めた絶望の濃さは比例しない、だから覚えていない、無駄だから。胸にあるのは正義、それと友の笑顔。いつだって、それだけだった。子供の頃からどこか大人びていて、周りが良く見えていたと自覚していた。別に特別優れていたわけでも、劣っていたわけでもない普通の家庭の普通の子供だった。でも普通よりよく見えていて、よく見ていたから、子供が気にするような事じゃない事でも目に入った。別に悪い事をしていない普通の両親でも、善良に生きていても、生活は楽じゃない。特別貧乏でもないけど、両親の疲れた顔が目に焼き付く。この世は善良でも、何も悪い事をしていなくても、別に救われるわけでもなんでもない。善行なんて、返ってくるモノは何もない。我ながら、冷めた子供だったと思う。
目に映したくないモノまで勝手に映し、勝手に世の中を汚いモノだって定めていた面倒くさいクソガキ時代。同じ村に住んでいた変な子供と知り合った。格好つけで、虚言癖があって、それなのに打たれ弱くて、村のみんなは頭の心配をしながら距離を取っていた変な子。特徴をあげるとただの不審者でしかない、そんなおかしな子。だけどどこまでも純粋で真っ直ぐで、内側が捻くれていた自分とは真逆の子。本当の意味で、綺麗な子。正義を語り、理不尽を嫌い、キラキラした未来を本気で信じていた。そんな友達のおかげで、自分も未来を信じられた。私は、友達のおかげで世界を信じられた。小さな小さな子供の世界にとって、彼女は間違いなく自分の勇者様だった。
そして世界は、小さな子供達だけの世界を嘲笑った。この世界はどこまでいっても汚くて、理不尽で、残酷だ。特別悪い事はしていないのに、ただ普通に生きていただけなのに、日々の忙しさの中で、ただちっぽけな希望を信じて、未来を信じて瞳を輝かせていただけなのに、その全てはある日突然奪われた。覚えているのは大きな音が聞こえたくらいで、視界はチカチカと明滅していた。酷く痛む身体を起こして見てみれば、家の半分は消し飛び、両親は上半身がなくなっていた。叫び声なんてあげる余裕も無くて、現実感の無い光景が広がっていて、焦げた肉の匂いに吐きそうになった。周りを見渡して、自分の明滅する視界に違和感を覚えた。片目が潰れている事に、ようやく気付いた。衝撃が大きすぎて、現実を受け止めきれなくて、どこか虚ろなままふらふらと歩き出す。本能で、自分の希望を探し始めた。
希望はボロボロの姿で、ゴミみたいに転がっていた。縋るように手を伸ばし、心臓が動いていない事を確認する。この世の中がクソッタレな事を、自らの手で確認する。誰が何の為にこんな酷い事をしたのか、何の恨みがあって私達の村を襲ったのか、理由なんて今更どうでもいい。許せない事は山のようにあったけど、一番許せないのは友達を、唯一の光を奪った事。世界で一番大切だった友達の夢を、言葉を、真正面から踏み躙った事。彼女が笑ってくれたから、笑顔で夢を描いてくれたから、自分も一緒に笑えた、一緒に未来を信じられた。その全てを、この世界は否定し蹂躙した。
「…………もう、笑ってくれないのね…………なら、私も笑顔は置いていくね」
世界を憎み、破壊者になる事も一瞬頭を過ったけれど、それは友を裏切る事になる。正義を信じ、何処までも真っ直ぐだった友を想うのなら、自分のやるべき事は決まっていた。亡き友の夢は、自分が貫く。この世界に正義が無いのなら、どんな手を使ってでも自分が正義と成ろう。救助の人達が近隣から駆け付けるまで、私は友の手を握ったまま頭の中を正義で染め上げた。思考を塗り潰し、正義を信じ込み、それ以外の全てをここに置いていく。私の絶対正義はこの時生まれた、信じればその分応えてくれる、絶対正義の名を冠した決意の証。正義の指針を手に纏い、私は世界で一番大切な友の目に手を伸ばす。キラキラした未来を信じていた宝石のような瞳、こんな薄汚れた絶望が最後の光景なんて私が認めない。
「一緒に行こう……貴女の代わりに、私がキラキラの未来を創ってみせる……その時は、一緒にキラキラを見ようね」
「約束するよ、貴女の眼を……連れていくね……」
自分の潰れた片目を抉り出し、抉り取った友の目をはめ込む。目覚めた絶対正義の力は、望むままに抉った眼を自らの眼と認識し再生移植までやってのける。信じる者は救われる、それを体現する為に自分は居る。もう、双眼には世界は映らない。こんな汚れた世界、映す価値もない。望む世界は、望む未来は、自らが創り出す。絶対正義の歪んだ再生効果は、心臓の止まっていた友にも及んでいた。この時、友の心臓は再び動き出していた。だけど気づかない、正義は振り返らないから。ふらふらと立ち上がった正義は、狂気の産声を上げた。少女はこの後、たった一人で村を襲った盗賊集団を壊滅させた。この辺りに潜伏していた、長年勇者や国の手を煩わせていた盗賊集団、規模も層も厚い指名手配までされていた厄介者。元勇者や熟練の魔法使いまでいた、数も百人近くいた、でもみんなころした。正義は負けない、そしてキラキラの世界に不要、だからころした。そもそも元勇者が犯罪集団に堕ちているなんて、あってはならない。歩き出して再確認出来た、やっぱりこの世界には汚れが多い。絶対正義は、その全てを取り除かなきゃいけない。
「頑張るから、私、頑張るからね」
「綺麗な世界にするから、キラキラの未来、絶対に創ってみせるからね……」
友は言った、正しく生きれば、善く生きれば、必ず幸せになれると。理不尽は間違っていると、そう言ったんだ。こんな終わりは理不尽だ、私の友が幸せになれないなんて間違っている。だから繋ぐ、だから自分がやる、私は契約を結んだんだ、子供の口約束なんかじゃない、一緒に勇者になると、一緒に生きると、一緒にキラキラした世界を見ると、そう誓ったんだ。終わらせない、終わらない、正義に不可能なんてない。邪魔するモノは、正義の道を遮るモノは、即ち悪。切り伏せる、叩き潰す、完膚なきまで破壊し尽くす。どんな手を使っても、何を犠牲にしても、友の信じた正義を曲げたりしない。
目についた悪は、全て消した。捻じ曲がった正義は正した。大きく動きすぎると汚れた世界はその汚れで正義を飲み込もうとしてくる。腐った国を一つ叩き潰し、世界に翻弄され目が曇っていた勇者達を何人か保護した。私が指針になる、私が希望になる、迷い人を引き連れ、私は正義の使者となる。迷わない、絶対に負けない、この胸には、いつだって友の笑顔がついているんだ。あの子が笑ってくれるなら、私の正義は揺るがない。あの子の願いの為ならば、私の正義は負けはしない。
「レフィアンちゃん、愛してるよ」
友の笑顔だけを想い、悪を切り裂きここまで来た。だから認めない、悪党の言葉なんか響かない。正義は負けない、負けるわけがない、負けてはいけない。例え死んだと思っていた友達が生きていて、敵側に居たとしても、仲間達が悉く失敗していても、敵側が滅茶苦茶やってしかもなんか歌まで歌ってはしゃいでいても、何があっても、絶対正義は揺らがない、揺らいではいけない。正義が間違っていたなんて、そんな事あってはならない。迷ってはいけない、疑ってはいけない、止まっちゃいけない。支えにしていた友への想いを裏切るなんて、絶対に有り得ない。もし、万が一、憶が一そんな事があってしまったら……自分の人生は一体なんなんだ。何の為に、自分は正義を掲げたのだ。
「正義は負けない……絶対正義は、絶対負けない……!」
殺意を隠そうともしないルーチェは、獣の様だった。凄まじい速さで距離を詰め、暴力的に剣を振るう。セツナの力で能力は無効化している筈なのに、膂力だけでセツナは吹っ飛ばされる。吹っ飛んだセツナに単純な脚力だけで追いつき、脇腹に強烈な蹴りが叩き込まれる。痛みで怯むより早く、追撃の剣が降り注ぐ。呼吸も出来ずまともにガードも出来ず、セツナの身体は木の葉のようにぶっ飛んでしまう。ステージから落ちそうになるが、死ぬ気で剣をステージに突き刺しなんとか堪える。
「死ぬ……なんて狂暴な正義だ……」
「貴女を無視して、この国を破壊する事も出来るの……だけどしない、正義を侮辱した貴女を見過ごす事は出来ない」
「悪の象徴である貴女の首を取ってこそ、正義の名は確固たるモノになるのよ」
「……お前は正義じゃないぞ」
「この期に及んでまだ侮辱を……」
「だって、お前の眼は…………曇ってる」
「私の知ってる良い奴の眼は、もっとキラキラしてたぞ」
レフィアンの笑顔が頭に浮かぶと同時に、胸の奥からガラスが割れるような音がした気がした。更に、レフィアンから奪った目が、痛んだような気がした。揺れてはいけない、疑ってはいけない、あの日自分にかけた暗示を、解いてはいけない。止まってしまえば、崩壊する。絶対正義に、間違いなんてあっちゃいけない。『例え堕ちてでも』この道は貫き通す。
「絶対正義に、負けはない…………!」
セツナ自身気づいていないが、絶対正義を無効化する事で得られている利点は攻め手を奪う事だけじゃない。不可避の攻撃を封じるだけじゃなく、相手の防御性能も奪っている事を忘れちゃいけない。触れられたくない、心の急所。本来揺らぐ事の無い正義によるメンタルガード、今はその全てが剝がれている。だからこそ、セツナのドストレートな暴言が痛い所に直撃する。今なら、正義を揺さぶれる。
「友達を悲しませる奴が、正義なわけあるかっ!!」
「その理屈が通るなら…………あの日私を悲しませたレフィアンが正義じゃなくなるだろ……!」
「あの子が間違いなら……それこそ、この世界に希望が無くなるじゃない……!」
「そんな事あっちゃいけないの……それだけはあっちゃいけない……何も知らない癖に……正義を語るなァッ!!」
放たれた斬撃に、どす黒いモノが混じり始めた。だけど関係ない、情けないし不甲斐ないしドジだしアホな切り札だけど、やる時は頑張る切り札だ。どんな力も、切り札の前では意味を成さない。例え絶望でも、切り開いていける。
「……ッ! 正義の前で……よくも……!」
「ふぅ……ふぅ……正義とか、なんとか、理由付けなんていらないぞ」
「頑張って、もがいて、足掻いて、誰だって当たり前にやってるんだ……正義だからとか正義がどうとか、一々理由付けなんていらない、そこに暴力なんて、だめだろって思う」
「お前のやるべき事は、本当にそれなのか……?」
「うるさい、うるさい、うるさい黙れ……黙れ黙れ黙れ……」
「お前がやらなきゃいけない事は、友達と……!」
「黙れって言ってるだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
溢れ出す黒が、ルーチェを飲み込む。その黒い何かはルーチェの背で翼のような形を取り、身体中に纏わりつく。その姿は、悪魔のようにも見えた。
「な、ななな……!?」
「どんな手を使ってでも……私は正義を貫き通す」
「私自身が、正義を体現する……何を犠牲にしてもだ!」
もう、止まるわけにはいかないから。




