第八百五十五話 『絶対正義は間違えない』
絶対正義と切り札の戦いは国中に流れ、その会話も筒抜けだ。黒いモノを纏い、暴走するようにセツナに襲い掛かるルーチェの姿を見て、クロノは嫌な予感がしていた。欲や想いの暴走は、悪い方向に傾けば必ず破滅をもたらす。壊れた果てには、何も残らない。自分が壊れても、それ以外が壊れても、良い事なんて何もない。破滅を笑って見ていられるのは、役者を躍らせる黒幕だけ。
「経験上、悪い奴……っていうかボスキャラは最後の最後まで笑ってる……本当の意味で最悪な奴はヘラヘラ笑って苦しんでる奴を見下ろしてる」
上空に映し出されている映像を見ながら、クロノはそう零す。飛んでくる黒い魔法をひょいひょいと避けつつ、状況を整理する。さっきより視野が広くなり、頭の中が澄んでいる。優先強制と反転、そのどちらも術者が倒れた今、クロノはいつも通りに頭を使えるようになっていた。目の前以外にも、目を向けられるようになっていた。やること自体は変わらないが、それでも考える事は大切だ。
「善悪なんて語るつもりはないけど、良い奴も悪い奴も目的の為に頑張ってる奴は決まって顔に出る」
「必死さは、隠せない……譲れない、譲りたくないもんへの気持ちは必ず表に出てくるんだ」
「あの絶対正義とかいう女の子は滅茶苦茶だ、やってる事は勝手すぎる……でも、本気で正義を信じてる、本気で正義の為にって戦ってる」
「フィンレーンを襲った奴等も頭のネジは外れてたけど、正義を語る目はマジだったよ、やり方は滅茶苦茶だったけどさ」
「当然、我等が絶対正義は正義の結論……やがて全ての正義は絶対正義に回帰する、ただ一つの正しさ、指針となるっ!!」
「そうかい、そりゃ結構な事で……それが正しいか間違いか、その議論は今はどうでもいいんだなこれが」
祈るように天を仰ぎ、両手を広げ仮面の男が黒を撒き散らす。周囲を埋め尽くすように広がった黒い靄が形を変え、無数の手となりクロノを狙う。迫ってきた手を水の刃で切り裂き、次に突っ込んで来ようとしていた手を先手を打つように風の刃で刻む。相手の次を待たずに、クロノは一気に距離を詰める。地面が隆起しクロノの身体が跳ね上がり、そのままの勢いで炎を纏った蹴りが仮面の男の顔面を捉えた。仮面の破片が舞う中、クロノと男の位置関係が入れ替わる。軽くふらつく男の背中を睨みながら、クロノが地面に着地した。
「大罪達の雪像を黒く染めたり、国中の人形を黒くしたり、更には絶対正義の子が纏ってる黒いの……お前の靄だよな」
「口を開けば正義正義絶対正義、絶対正義は絶対、絶対正義は間違えない、お前等の誰かが負けても最後には絶対正義が勝つ、絶対正義は完璧だ……妄信が過ぎる物言いだけど、お前の心は矛盾してるよ」
「水の力の前で、偽れると思うなよクソ野郎……お前の全部を捧げた絶対正義が俺達の切り札に追い詰められてるこの状況、さっきから気持ち悪いんだよ」
「何が言いたいのかわかりませんねぇ」
「理解する為にぶつかって、よぉくわかったって言ってんだよ……何が慈愛だふざけるな」
「あの子が揺らぐ度、あの子が苦戦する程、お前は笑ってんだ……仮面を剥がすまでもなくバレてんぞ」
「俺はこの黒を知ってる、俺は人の不幸を嘲笑うお前を知っている、お前達を、知ってるんだよ!」
「大罪を侍らせているだけはありますね、ならばご存じの筈……黒く染まったそれは、悪魔のご馳走だと」
仮面の下の薄気味悪い笑みが、クロノの心を揺さぶった。もう隠すつもりもないのだろう、黒が形を成す、男の背に翼が現れる。間違いない、この男は悪魔だ。
「あの子を利用してたのはお前だな」
「悲しい勘違いがあるようで、それだけは訂正しておきましょう……我は何一つ偽っていない、何一つ嘘は言っていない……絶対正義は間違えない」
「欲のまま悪魔と成りましたが、この欲も元を辿れば絶対正義に心酔したからこそ……我は人で、元は勇者だったのですよ……慈愛もその時の二つ名です」
「勇者だぁ?」
「我だけではない、神聖討魔隊は殆どが元勇者……勇者の溢れるこの世界、栄光のままに活躍できる勇者もいれば、雑用、汚れ仕事を押し付けられる者も大勢いるのです」
「人は綺麗なモノしか見ない、表舞台の輝かしい勇者をもてはやす一方で、裏で舞台を支える者など視界にも入らない」
「人と魔物の共存が君の夢なのでしょう? 偽勇者くん……魔物と同じか、それ以上に酷い目に逢っている勇者がいるなんて、考えた事はありますか?」
「何にでも、表と裏がある…………正義を語る上で、その反対を考えた事はありますか?」
「…………」
「理解は期待していません、必要もしていない……我等には既に救いが、絶対正義がついている……歪みもあります、間違いだってあったのかもしれない、だけど絶対正義は絶望していた我等の救いであり、希望であり、間違いなく輝きです」
「我等の正義は、彼女だけ……それだけでいいのです、彼女の創る世界こそ、我等の未来」
「絶対正義へ全てを捧げた、絶対正義へ全てを捧げる事こそが我の欲、それが我の全て、この身が悪魔と化した事こそ、堕ちた事こそ極みの証……彼女の為に生きる事こそ、我が欲の、慈愛の証明っ!」
「なら、あの子を黒くしてるのはどういう……! 黒く染まったあの子の心を喰うつもりじゃ……」
「侮辱するなあああああああああああああああああっ!!」
その目は、狂っていた。多くの悪魔を見てきて、欲のままに生きる悪魔を理解してきた。悪魔は嫌いだけど、嫌いの一言で片づけない、考える事を知った。マルス達と知り合って、理解は深まってきたと思ってた。だけど、目の前の悪魔は今までの経験だけじゃ語れない。理解の外にいる、そう肌で感じた。欲を超えた、狂気がそこにあった。
「喰う? 喰うだと? 侮辱だ、それは侮辱だ、理解は求めていない、だが、それは、それは暴言だ、あんまりだ、許せない、ふざけるなよクソガキがァ!」
「ッ!?」
黒い手が、とんでもない速度で伸びてきた。感知できたが、避けきれず頬を掠めた。血走った眼で息を荒くする男の背に、無数の手が蠢いている。
「絶対正義は、間違えないッ!! 我等を救ってくれた正義は、どんな困難にも屈しない、必ず勝つ、必ず正義を示すッ!!」
「悪魔故に、確かに我は……人の心が黒く染まるのを見ると心が躍る、堕ちる姿は堪らない…………だが、だがッ!! それ以上にッ!!! 黒く染まっても、黒に呑まれようとも、最後には必ず立ち上がる、へこたれない、闇を払って勝利する、絶対正義に憧れた、恋焦がれた、胸が高鳴り震えるのだッ!!!」
「どれだけ揺らいでも、苦痛に顔を歪めても、最後に必ず正義は勝つのだ、絶対正義はそれ故に輝くのだッ!!!」
「我が慈愛を一身に受ける絶対正義を、舐めるな小僧がァッ!!!」
吹き出す黒が、勢いを増している。この黒が絶対正義や、国中の人形に影響を与えている。騒動の中核は、この男が担っている。
「つまりお前は、滅茶苦茶を加速させてんだな」
「どれだけ滅茶苦茶にしても、最後にはあの子が全部正義で纏めるから……苦戦すればその分最後に……お前の理想の正義が見られるから……敵も味方も関係ない、お前はお前の欲の為に、お前のやり方で絶対正義を彩るってか」
「ご理解頂きありがとうございます、死ねェッ!!!」
手の数が多すぎて、もはや面制圧だ。流石に捌き切れず、クロノは大きく後ろに飛び退く。
「あぁ理解した、確かに俺の理解の外側だったよ」
「けど、食い物にしてんのは変わらない……救ってもらっておいて……お前はあの子を救わないのか」
「絶対正義は間違えない、絶対正義は揺らがない」
「救う? 絶対正義を何だと心得る……我等は正義を信じ従うだけ……道は絶対正義が創るもの……」
「宗教かっての……何が見えてるのかわかんねぇけどさ」
「お前が絶対正義って崇めてるのは、ただの女の子だぞ」
「どん底から助けてくれた恩人でも、いつかは間違えることだってある」
「堕ちるとこまで堕ちて、汚い事や間違ってる事沢山知ってるなら……世界がどんだけ汚いかよくわかってんならっ! 子供にそれ教えてやるのが経験ある大人のやる事じゃねぇのかよ!」
「暴走してる奴祭り上げて、一緒に暴れ回るのは、違うだろうがっ!」
「絶対正義は、間違えないっ!!」
「都合の良い事だけ拾って、その他全部力でぶっ壊すのが間違い以外のなんだよっ!!」
「何が間違えないだ、間違えない奴なんていない、神様だって間違えるっ! 魔王だって間違えるっ! 正義も悪も間違えるんだよっ!! 間違いだらけの世の中だっ!!! だからぶつかって、正解を探していくんだっ!!」
「未来は、一緒に創っていくもんだ……誰かに切り開いてもらうもんでも、人任せにするもんでも、ただ乗りして悦に浸るもんでもねぇんだよっ!」
「捧げるだ? 慈愛だ? 正義だ? 救われたっ!? 都合の良い言葉で塗り固めるなっ! 依存してるだけだろ目を覚ませっ! 後ろ付いて回ってるだけならまだしも、わざとかき乱して、女の子一人追い詰めて、最後に勝つからやっぱ凄いや正義は最高? 馬鹿も休み休み言えっ!! お前は大人としても悪魔としても中途半端なただの下衆だっ!!!」
「我の慈愛を侮辱……」
「恩人が苦しんでるのにニヤニヤ笑ってるクソ野郎なんて、侮辱だけじゃ足りねぇなぁっ!!」
「二つ名持ち、国の専属勇者っ!! 国から貰った慈愛にお前は今を誇れるのかっ!?」
「酷い扱いを受けていた? 表舞台だ? 裏方だ? 同情の余地があったのかもしれない、そこは良く知らない俺がどうこういう問題じゃねぇ……だけどっ!! 二つ名持ちの事実は変わらないっ!」
「その名に胸を張れるのか? 今のお前は本当にその名に恥じないのか? 今のお前にっ! どん底まで落ちて、苦しんでいた自分を嘆く資格はあるのかっ!? 勇者だったお前の理想は、本当に今のお前なのかっ!!」
「…………世を知らぬガキめが、教えてあげましょう」
「…………端役に、理想を語る権利などないのです……だからこそ、太陽の如き主役に恋焦がれ、付き従う」
「ただの端役である我等に手を差し伸べてくれたからこそ、我等は絶対正義に付き従う」
「絶対正義は間違えない、彼女について行けば、間違わない」
「…………お前には、あの子が今どんな顔してるのか見えねぇのか……!」
「正論だけで回っている世界は、当の昔に壊れました」
「この眼も、あの日潰れました…………不必要なものは映さない、映らない」
「この眼に映るのは、絶対正義の創るものだけ」
「お前は……勇者じゃない……!」
「…………? えぇ、その通りです」
「だから、今ここにいる」
依然、男は笑っていた。楽しそうに、幸せそうに、笑っていた。黒をばら撒き、国中の人形を暴走させながら。切り札に苦戦する絶対正義を、黒で煽りながら。追い込まれている絶対正義を見て、快感を得ながら、悪魔は笑っていた。
「我は『慈愛』、『慈愛』のヘイルダン、全てを飲み込む深淵の黒…………闇に染まろうとも、黒が全てを飲み込もうとも、最後には必ず勝利する……『純潔』の絶対正義に全てを捧げる者」
「今日の舞台も……変わらず正義は……美しい……」
そこに、勇者の欠片も残っていない。堕ちた先、どん底を突き破り堕ちていった勇者の成れの果て。欲に染まり、狂い、生まれた化け物がそこに居た。
「俺は、笑ってるお前を黒幕だと思ってた」
「黒幕とは正義を前にして心外ですね、我等の主役はいつだって絶対正義なのですが」
「襲ってきたお前等に対して使う言葉じゃないけど、あの子も利用されてた被害者なのかなって、少し考えてたりもしたんだ」
「蓋を開けてみれば、予想外の怪物が出てきやがった」
「理解する為に、ぶつかると言ってましたねぇ」
「なら、理解出来ない敵とぶつかった時……君はどう動くのですか? 理想を語るだけの夢見がちなガキ」
「敵ならぶん殴っておしまい、それじゃお前等とやってる事変わらないよな」
「だからって、じゃあどうするんだって聞かれて答えは出てこない、ガキ呼ばわりもしょうがないな、返す言葉もねぇ」
「だから答えは考えるとして、だ……俺は悪魔が嫌いで、お前のやり方も嫌いだ」
「ついでにお前は、俺の大好きな勇者も侮辱した、だからとりあえずぶっ飛ばすよ」
「我等とやってる事、変わりませんねぇ……気に入らない奴はぶっ飛ばす、世の中弱肉強食、クソですねぇっ!」
「うん、だから好きなだけ罵ってくれ、返す言葉もねぇから」
「あと、手加減しないからな……俺お前嫌いだから」
ただの暴力でも構わない、言葉は交わした、交わした上で我慢の限界だ。この悪魔は、許せない。嫌いだから以外の理由は、この際一つも必要ない。飛び掛かったクロノの拳を、ヘイルダンは無数の黒い手で受け止めた。
「君の個人的感情を、ぶつけないで頂きたい」
「お前の欲に大勢巻き込んでおいて、今更被害者面すんじゃねぇよ」
「偽勇者風情が理屈を盾に殴ってくるんですか、世界から弾かれた異物の癖に」
「あぁそうだな、同レベルのゴミ同士気が合うねぇ」
「底辺同士、存分にやり合おうじゃないか」
「一緒にするなよ、クソガキがァ」
「そのにやけ面、殴り潰してやんよ」
小奇麗な理屈は必要ない、気に入らない奴をぶっ飛ばすのに必要なモノは、握り締めた拳だけだ。




