第八百五十二話 『遥か高み』
ナプタは考える、忍んでいた味方は場所を暴かれ、数の暴力は現状無力化、急に現れた援軍らしき女はどっかの討魔紅蓮で見たような化け物だし、現在進行形で立ち塞がる専属勇者には情けないが勝てる気がしない。どう足掻こうと状況は最悪で、自分達は追い詰められている。
(勇者共は勢いを増してるし、ちらほら目に入る魔物共は当たり前のように人間側……盤面は滅茶苦茶に見えて……お兄さん達にとって不利に動いてる)
「この状況じゃ、どう見てもお兄さん達が悪でそっちが正義の為に~って感じだよなぁ」
「また何を言い出しやがる? 降参でもするか?」
「いつの世も大多数の意見が正義ってのが常だなってさ、卑屈になってるわけじゃねぇのよ?」
「これくらいわかりやすく事が運べば、お兄さん達も違った未来があったのかも知れねぇってさ」
どこか呆れたような様子のナプタだったが、その背後に鈴が降り立った。鈴は一度此方に視線を向けたが、すぐに地面を転がるマナスに警戒を向ける。
「…………私はこいつを狩る、そっちは任せるぞ専属勇者」
「何処の誰かは知らねぇが、了解だ」
「そう簡単に、いきませんがねぇっ!」
マナスは起き上がると同時、数体の人形を足元から出現させ鈴に向かわせる。即座に距離を取り、逃げ出した。
「ナプタッ! 私は身を隠します、お前も役目を果たしなさい!」
「絶対正義の御心のままに、ってね」
脱力しながらも、ナプタはリンクヘッジに向き直る。その背後では鈴が人形を秒殺し、すぐ隣に黒い穴を出現させその中に飛び込んでいった。広場の中央、残されたのは専属勇者と賊の二人だ。
「…………お前さぁ」
「良いっすよ、目を覚ませなんて聞き飽きた……言われるまでもねぇんだ本当はさ」
「とっくの昔から正気だよ、勘違いすんな間違ってるなんて思っちゃいねぇ……お兄さん達は真面目に染まってんだ、狂っちゃいない」
「正しいとか間違ってるとかで選んでんじゃねぇんだ、悪意や罪の意識なんて……悪いけど考えてねぇ」
「…………ただ、こっちが良い、これが良いで立ってんだ……馬鹿の言い分に勇者様が一々耳貸すな、ただぶっ飛ばせよ」
「……ただぶっ飛ばされたから、お前等は絶対正義とやらに縋ったんじゃねぇのか?」
「なぁ『勤勉』よ、未練も迷いもねぇならお前等なんで二つ名を捨てねぇんだ」
それは国から与えられた専属の証、元勇者の証だ。
「自らの国をぶっ潰してでも、お兄さん達はこの道を選んだのさ」
「その覚悟を忘れない為の、戒めさね」
「どれだけ真っ直ぐ生きていても、理想を信じていても、評価ってのは他人が下すもんだ」
「量産型のその辺に溢れてる勇者ってのは、都合の良い使い捨ての道具だ、国が名を与えたなんて名誉な事でも何でもない、ただ少し高性能な道具ってだけだ、良いように使われ、最後には捨てられる、捨てられたっ!」
「わかってるよ、運が無かっただけだ、お前等みたいに国といい関係の勇者もいる、専属勇者として胸張って生きてる奴もいる、俺達もそう在りたかった、でも駄目だった、そうな奴とそうじゃない奴がいるってだけさ、正しいも間違いも、正義も悪も、この世界には溢れてる当たり前だっ!」
「わかってんだ、当たり前なんて理解してんだこれでもかってくらい普通は理解してんだっ!! だけど、俺達は裏切られた、傷ついた、失敗して転がり落ちて、どん底で絶望したっ!!」
「正義に、決して負けない正義に、絶対的な正義に、焦がれて何が悪い、憧れて、縋って、託して何が悪い…………それを、それだけを信じて何が悪いんだっ!? どんな形でもあの方は俺達を救ってくれた、同じ目線で手を伸ばしてくれたっ!! 遥か高みから綺麗ごとばっかり吐き散らかすテメェ等の言葉なんか、響かねぇんだよっ!!」
「正義かどうかは知らねぇが、俺は同じ目線で手を引いて傷を舐め合うのが救いとは思わねぇな」
「お前は救われてなんかねぇよ、救われてるならなんで今も苦しんでるんだ」
「分かったような口利いてんじゃねぇよ専属勇者様がよぉっ!! 俺達は道具扱いを……」
「道具は涙を流さねぇ、お前等は人だ」
「本当に割り切ってんなら、未練なんざ引きずらねぇ……理解してるなら、吠えたりしねぇ、当たり散らかしたりしねぇ」
「優先強制の力は皮肉だな、お前自身理想を捨てられてねぇ……自分にも作用するのか? その力は?」
「どんだけ言っても、お前は人間性を捨てきれてない、正義の名の元に切り伏せた全てから、目を逸らせてない、本当に迷いがない奴は、振り返らねぇよ」
リンクヘッジの言葉に、ナプタは一瞬怯んだように顔を歪めた。そして迷いを振り切るように顔を振り、懐からナイフを取り出す。
「どれだけ頑張っても、何処にも行きつけなかった」
「これで絶対正義すら駄目なら、この世界で何が俺達を救えるってんだ?」
「俺達に、何を信じろって言うんだよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
飛び掛かり、ナイフを突き立ててくるナプタ。その凶刃を、リンクヘッジは手の平で受けた。当然だがナイフは突き刺さり、鮮血が両者の視界に飛び散る。リンクヘッジはそのまま手を伸ばし、ナイフが刺さったままナプタの手を掴んで来た。
「なっ……」
「信じるもんはテメェで決めろ、今まで通りにな……何を信じるかもテメェで決めろ、誰も強制しねぇ、テメェで選んでテメェで後悔するか決めろ」
「俺は俺のやりたいようにやるだけだ、勇者にだってなりたくてなったわけじゃねぇ、突き進んで来ただけだ」
「俺はお前の遥か高みから手を伸ばして、綺麗ごと吐き散らかしながらお前を引っ張り上げる」
「傷の舐め合いも同情もしねぇ、情けもかけねぇ、ぶん殴ってやるよ、今までの涙が流れちまうくらい新しい涙を流させてやる」
「押し付けるのは正義じゃねぇ、生き様だ、どう生きたいかなんて選ぶのはいつだって誰だって自分自身だ」
咄嗟に手を引こうとしたが、がっちりと手を掴まれていて逃げられない。リンクヘッジが拳を構えるのを、見ている事しか出来ない。
「くっ……そ……絶対正義は……俺達はっ!!」
「やかましいっ!!!」
「ぎゃあああああああああああああっ!?」
もはや言い訳すら殴り潰され、数十発の乱打をモロに喰らったナプタはナイフから手を離し、そのまま吹き飛び建物の壁に激突、そして動かなくなった。
「この世に絶対なんてねぇんだよ、正義も悪も含めてな」
「目ぇ覚まして……この戦いの結末がどうなったのかテメェの目で見て、また考えるんだな」
「相談くらいなら聞いてやる、泣き言だったらまた殴ってやるよ……勤勉名乗るなら考える事、やめんなよ」
ナプタは意識を失った、これで優先強制の能力は解除されたはずだ。これで行動の制限は消えた筈だが、正直周りに変わった様子はない。
「人形を捕えろ! 破壊しても再生するから拘束するんだ!」
「ですが追い付けません! 人形に追い付けません、人形が追いかけてる奴がまず速すぎます!」
「回り込むとかあるだろ頑張れ!」
「まず回り込める道を通ってません! 飛んだり跳ねたりやばいです!」
「うおおおおおおおおおおお! 風と成れあたし! いやむしろ風を超えろあたし!」
「景色が流れていきますううううううううううううううう!」
「速すぎんだろなんだあれ!?」
矢のように国中を駆け回るお姫様と、それを猛スピードで追いかける人形の軍勢、そしてミクレムに魅了された民衆達。この追いかけっこは数秒で様相が変わり、魅了された民衆達は体力が切れて動きが鈍り、すぐに確保された。体力のない人形は速度を増し追いかけるが、それでも暴走お姫様には追い付けない。動きも異常だが、それ以上にスタミナのステータスが狂っている、人間じゃねぇ。ちなみに派手に走り回った結果外周側に居るインクの目に留まり、絶句させた事にまだヨナは気付いていない。
「この調子なら余裕そうかな! ミクレムちゃんのお仲間が援護してくれてるし!」
「先に私が気絶しそうですーー?」
次の屋根にジャンプしようとしたヨナだったが、不意に足元から殺気を感じ後方に飛ぶ。足元に加え、取り囲むように追加の人形が這い出てきた。
「むむ……囲まれ……」
「せいっ!!」
そして頭上から降り立った影が、その人形を微塵切りにした。
「おっ!? 見慣れぬカマキリさん!?」
「シュシュシューッ! 大量ゲットーーーッ!!」
声と共に下から触手が伸び、背後に迫ってきていた人形の軍勢を大量キャッチした。
「……行って、ここは食い止めるから」
「いいの? 助けてくれるの?」
「……ん、私はキリハ、クロノの友達」
「だから、助けるよ」
「テーウもテーウも! 友達だよー!」
触手しか見えないが、下の方に居る子も味方らしい。逃げているだけで、どんどん味方が集まってくる。
「へへっ、やる気出て来るなぁ」
「世界が~回って~、はらはら~」
「人形操ってる人を倒して、人形が止まるまで逃げ続ければいい……未来を視るまでもなく、楽勝ってもんよ!」
「さぁ行くよミクレムちゃん! 勝利を目指して爆走だ!」
「冗談抜きでそろそろ吐きます! 助けてジェイクさんーーーーーーーーッ!!」
優先強制を解除しても、周りに変化はない。各々、やりたい事に真っ直ぐだ。裏表なんかない、純粋な欲がここにある。淀んだ正義になんか、負けて堪るか。




