第八百五十一話 『裏の裏を狙って』
自分達が大会の為に用意した大型雪像が大型ボスに変化し、どのチームも突発ボス戦に突入する中、ピリカは自慢の脳をフル回転し状況を整理する。
(確かに大罪の悪魔だけではなく、多くの勇者や魔物達が五感を刺激し興奮状態だった事は認めましょう)
(そしてブレーキ役のレー君が隣に居ないのを良い事に、ちょっとだけ暴走したのも確かです)
(そして生えてきた変な人形を調べに調べてちょっと思いついた限りを尽くし丁度良かったので雪像造りに生かした結果大変な事になったのも分かります、よしわたしは冷静、状況も見えている、何も問題は、問題は……)
ピリカは暴走しがちだが、常識が無いわけじゃない。むしろ冷静なら視野も広く常識もあって空気も読める、レラを煽ったりする余裕だってある。だから反省も出来るし至らない点を自ら洗い出し、学習し成長していける子だ。そんなピリカが最も恐れているのは探求を封じられること、幼い頃からそれは変わっていない。エルフにとって未知を追い求める事を封じられる、それは死に等しい。今でもその考えは変わらない、誰にもそこは譲れない。だけど追い求め、世界を知り、深淵に踏み入ったピリカには最も怖いモノが二つに増えた。決して理解が及ばず、まさに愛すべき未知なのだが、あの未知だけは探求心より先に恐怖心が反応する。結構図太くタフなピリカでも、涙を堪える事すら出来ない絶望の存在。それこそが我等がエルフの英雄にして、自分達の師でもあるカムイの存在だ。
(師匠は、普通からかけ離れた異常者だ……修行中物理的に殺されかけ、瀕死の身体に過剰な未知を小話感覚でぶち込んできて脳を殺す酷いエルフ……でも、だけど……あれで師匠は異常性を欠片も感じさせず日常に溶け込む、人間社会にぬるりと紛れ込む技術がある、長く生きた老害の知恵なのかそういう生き方は本当に上手い)
(そして師匠は確かに言った、弟子の成長とクロノ様の観察……それが師匠の目的、間違いなく師匠は何処かで視てる、全部、全て、余すことなく……だって師匠は観察って言ったんだ、少しも見逃さず……見てる、はず……)
この惨状も、そしてこの状況を誰の暴走が引き起こしたのかも、あのエルフは双眼にて観測している筈だ。途端に寒気がした、あの眼が、あの視線が背中に突き刺さる感じがした。
(分かる、分かってしまう、カムイ様はきっと笑う、この状況を心の底から楽しんで、エルフの探求心を否定せず、笑い飛ばしてからかってくる………………そして、その後、真っ当に説教してくる………………怒られるっ!!!!!)
探求心の果てに暴走し、誰に怒られてもピリカは反省しても後悔はしない。決して、探求の果てに悔いは残さない。それが自らの生き様だと、ピリカは誇りを持って胸を張れる。そしてその全てを引っ繰り返して涙を流す程の存在こそ、唯一例外な存在こそ、我等が師匠カムイなのだ。つまり短く纏めて言えば、このままじゃ怒られる、絶対嫌だ、と言う事だ。
「おいどうすんだこの暗黒物質は、下手すりゃ敵の思惑の遥か向こう側だろこれ」
「中から変な音……音? 声がするんですけどぉっ!! 暴食さんなんとかしてぇっ!?」
「なんとかって言ってもよォ……」
「未知の後始末も探求者の務め……大丈夫です、わたしがなんとかしましょう……なんとか出来るに決まってますよ! 責任取れない様な事を、この大舞台でやらかすわけないでしょうっ!」
「その割には大量の汗だなァ、今も昔もエルフはトラブルメーカーなイメージしかねェんだけどなァ」
「大丈夫! 大丈夫ですわたしにお任せください! わたしはクロノ様のお友達、言ってみれば共存の最前線! 迷惑なんてかけるわけがない! だから『視てて』ください! お説教なんて必要ないから!」
(これ以上しくじるわけには……迅速に事態を治めこの状況と評価を逆転させる、脳をフル回転しろわたしっ! あぁもうレー君なんで止めてくれなかったのバカッ!!)
理不尽な罵倒を受けているとは、当のレラは知る由もない。他のチームとはまた違った重圧を背負うピリカだったが、追い込まれているのは雪像チームだけじゃない。大型雪像が暴れている外周以外も混乱は加速していた。国中の黒く染まった人形達が、更にその動きを早めていた。まるで雪像の暴走に呼応するように、数も攻撃性も上げてきている。
「嫌な戦い方だぜ、倒されないように時間を稼ぐ戦い方だ」
「捨て駒としては上等でしょう? 厄介と思うなら囮冥利に尽きますね」
リンクヘッジは確かにナプタを圧倒しているが、あと一押しを巧みに避けられる。周囲の状況も悪くなる一方で、外周ではでけぇ雪像が暴れ始めた。優先強制を持つ目の前の敵を逃すわけにもいかず、どうしても焦りは生まれてくる。
「流石の専属勇者様でも、この状況なら焦りますか」
「悲鳴、泣き声、多くなってきてますね……勇者の手は足りていますか? 此方の人形はどんどん増えますよ」
「良い性格してるぜお前さん、すぐにぶっ飛ばしてふん縛ってやるから覚悟しな」
「間に合うと良いですねぇ」
リンクヘッジの拳を両腕でガードし、ナプタは大袈裟に後方に吹き飛ぶ。威力を殺し、距離を取る。倒されないように、時間だけをかけさせる立ち回りだ。既にナプタは勝負に勝つことを投げている、この状況を長引かせれば、事態は悪化し勝手に専属勇者はその立場故焼かれて終わる。
「守るモノが、どれだけ残るのか見物っすわ」
「嫌な奴が随分と板についてやがる、どんだけ腐っても仕事を投げない嫌な勤勉だなぁ」
「どれだけ偉そうに語っても、手が足りていないこの状況は覆らない……犠牲が出るのも時間の問題で……」
「そ、れ、は……どうかなあああああああああああああああっ!!」
この戦場に似つかわしくない明るい声が、そりゃあもう大きく響き渡る。思わず声の方向に顔を向ければ、屋根の上に立つ謎の女性と、背負われるうさ耳少女がそこにいた。
(優先強制の中あれってことは、あの女の優先行動があれか……なんだあれ、なにをしてんだ?)
「あの子……ケーランカの……おいおいなんでお偉いさんがここに……」
「この人形達の燃料が人の欲だって言うならさ、この輝きには抗えないでしょ!」
「ミクレムちゃん! フラーーーーッシュッ!!」
「正気の沙汰じゃないですよおおおおおおおおっ!!」
宝獣種の種族特性は扇動、想いを、欲望を増大させる力。額の宝石から発せられる輝きは、生物の欲を刺激する。人を襲え、怖い反撃しろ、自分を守れ、敵を倒せ、この場にある全ての攻撃性を含む欲が、ミクレムの方を向いた。人形は欲のままにミクレムを攻撃対象と認識し、更には人間達は宝獣種の存在を認識したせいで優先順位が保身から幸運ゲットの為に宝獣種をぶん殴るに置き換わる。この場の全てが、ミクレムに狙いを付けた。
「うひゃあ想像以上! 八方敵意と敵の大洪水!」
「だからやりたくないんですよおおおおおおおおおおおお!」
「おいお姫さん! この作戦大丈夫なのか!? っていうかその馬鹿兎の光をそんな近くで浴びちゃ……」
「大丈夫、あたしのやりたい事はね……誰かに左右されるような弱っちい欲じゃないっ!!」
屋根の下からジェイクが声をかけるが、このお姫様には大抵の問題は適応されない。ケーランカの箱入りお姫様、未来を見通すヨナ姫は軟禁生活の長さと外への憧れから毎日身体を鍛えていた。いつか外に出た時の為に、全力で楽しむ為に、やりたい事を全部やる為に、健気にせっせと身体を鍛えていた。箱入りだったのが嘘みたいに健康体に育ったヨナの身体能力は、悪魔のインクがドン引きする程だ。欲に目が眩んだ人間共や直線的にしか動けない人形に、捕らえられる程甘くない。なんなら元退治屋のジェイクですら、目で負えない速度だ。
(いやいくらなんでも速過ぎる……あのアホ兎担いであれって……!)
俊足で屋根の上を駆け、なんなら壁を横向きに駆け抜け、足場が途切れたらジャンプし壁を蹴って飛び回る。自由を体現したような逃走に、追撃者達は一瞬で突き放される。だが、宝獣種の輝きは決して追走を諦めさせない。引き離されても、そのヘイトは途切れない。
「鬼さんこちら、欲成る方へ……!」
「…………ッ! なんだあの女はっ!!」
「広場の人形が全部あの子の方へ……!」
(防戦一方だった勇者達の手が空いた……っていうか人形も民衆も全員あの子を追いかけて……攻防入り交じっていた戦場が鬼ごっこで上書きされた……!)
攻撃対象も守るべき対象も、全てが同じ方向を向いた。やる事が、一つに纏まった。
「手が空いた奴は町の奴等を守れ! 一人ずつ後ろからとっ捕まえて保護しろ!」
「人形の注意はあの子に向いてる! 今の内に迅速に片付けちまえ!」
「リンクヘッジさんの言う通りに! すぐ動け!」
「よし、滅茶苦茶やりやすくなったぞ!」
「おいおいふざけんなよ、何がどうなって……! なんなんだよあの女は!」
「クソ……おいマナスッ! 追加の人形を広場に集中させろ!! イレギュラーのせいで状況が一変して……!」
通信機だろうか、ナプタが取り出した機械に向けて叫び出す。すぐに地面や建物の屋根に人形が現れ、ヨナの往く手を阻んで来た。
「甘い甘い! 道が無ければ切り開くのがあたし流だよ!」
「みぎゃああああああああああ速いです怖いです!!」
「舌噛むから口閉じてなってっ!」
人形の手を掻い潜り、その肩を足場に次の屋根に飛び上がるヨナ。その目は輝いていて、ミクレムの輝きの効果も効いていない様だった。
「か、関心も興味もないジェイクさんに効かないのはわかるのですが……ヨナさんは何故私の力が効かないんでしょうか……」
「やりたい事を我慢してたあたしはもういないからね! 煽られるまでもなくやりたいように生きてるからっ!」
「自信たっぷり……もしかして勝利の未来が見えてたり!?」
「うん? 未来予知は最近使ってない!」
「だって未来は変えられるって教えてもらった、変わった未来を見せてもらった!」
「だったら不確定の未来なんて見るだけ無駄だよ! あたしはね、こうなったら良いなって未来を夢見るし、そこに向かって全力疾走するんだ! そっちの方が楽しいし、生きてるって感じがする!!」
次の屋根に飛び移るヨナだったが、そこには大量の人形が待ち構えていた。欲に煽られヨナを追いかけていた人形じゃない、新たに生み出された出来立ての人形による待ち伏せだ。
「着地地点を狙われてますうううううううううう!」
「大丈夫! 未来を信じて切り開こうとしてる人達は強い!」
ヨナの着地地点を狙い、複数の人形が襲い掛かる。だが、黒い穴が空中に現れヨナの身体が吸い込まれる。離れた場所の屋根の上に黒い穴が現れ、ヨナはそこから出てきた。
「頼りになるね、ミクレムちゃんの仲間はさ」
「ぴぃ……ジェイクさんの言う通りに……」
ミクレムを背負い戦場をかき乱すヨナ、ジェイクは一人双眼鏡を使いながらそんな戦場を一際高い屋根の上から観察していた。専属勇者が相手をしている敵の主力、そいつがこの状況に動揺し通信機を使ったのをジェイクは見逃さなかった。人形兵が追加で生み出されているのも、破壊されて再び再生するのも、必ず間があった。あれは自動操作じゃない、手間を最大限省いているが遠隔操作、人の手が逐一加わっている。そして人形が国中に現れている以上、範囲を考えれば国の中心辺りに術者がいる可能性は高い。
「敵も馬鹿じゃねぇ、支援役が表側に出るわけねぇ……絶対に隠れてるっす」
「お相手側も、位置を探られるわけにはいかねぇ……尻尾出さないように必死っすよね」
「だけど使ったな通信機、この世界の魔道具は高性能なもんは大抵ラベネのお姫様の発明品……こっちのバックにあの方がいる以上……逆探知する為の道具は割と簡単に手に入るんすよ、コネの力っすから偉そうに言えねぇけどなぁ」
「んで……位置さえ分かればそいつの後ろは簡単に取れるんだ、今でも味方ってのが信じられねぇけどなぁ」
「一応、お前等あの一件からうち所属なんすからね……頼りにすっから活躍してくれよなぁ」
ジェイクの声に応えるように、ナプタの近くの建物から重い音が響いた。建物の二階の窓を砕き、一人の男が吹き飛んでくる。
「はっ!? マナスお前何して……!」
「げはっ!?」
蹴り飛ばされたマナスは受け身も取れず地面に叩きつけられた。そして砕かれた窓から見下ろすのは、元討魔紅蓮、現在は俗世の真理所属の……。
「…………琴葉 鈴……推して参る……シャルロッテ達が頑張ってるんだ、いつまでも腑抜けていられるか」
デビルヒーローことクソ馬鹿とシャルロッテに表舞台を押し付けた鈴が、人形遣いの裏を取る。イレギュラーの猛追が、盤面を滅茶苦茶にする。
「さぁて……詰めていこうじゃねぇの、こちとら情け容赦のねぇ元退治屋さんっすよ」
「…………正義がどうの、心底不快…………この世の何処にもそんなの無かったよ」
「…………だから、人も魔物も足掻いて生きてるんだよ」
「…………どいつも、こいつも…………!」
「勤勉故に投げれねぇか? 仕事も、理想も、信念もよ」
「自分を否定した先にあるのが正義なわけねぇだろ、いい加減楽になれよお前」
「勝者の立場からレスバ仕掛けてくんじゃねぇよ、何も知らねぇくせに」
「絶対正義の立場は揺るがない、無知なお前等に教えてやるさ……絶対に覆らないもんは確かにあるんだってな」
「受けて立つからかかってこい、真っ向からな」
中央広場の死闘は、佳境へ。




