第八百四十九話 『反転』
今まで生きてきて、困難なんて幾らでも乗り越えてきた。理不尽に打ちのめされ、苦しみ、涙を流し、それでも正義を信じて生きてきた。縋るに値する、絶対的な正義に出会った。この身全てを捧げても良い、己の全てを差し出しても良い、踏み躙られボロボロになった自分でも、それなりの覚悟で絶対正義の前に跪いたつもりだった。その覚悟がへし折られそうになるほど、過去最大の理不尽が目の前で荒ぶっている。
「さぁお祭りですよプラチナさんっ! わふっと元気に楽しみまくろうじゃありませんかああああああああああああああああああああああああああああ!」
「嫌だって言ってんだろ俺はサボるんだ死んでもサボるんだ俺の存在全てを懸けてサボるって決めたんだああああああああああああああああああ」
命懸けでサボる大罪と命懸けで一緒に遊ぼうとするわんこ、両者の力は反発し、近くのカラナリを容赦なく巻き込み蹂躙する。地面の影から大量に伸びる手を大罪の悪魔は色々な属性の魔法で弾くが、その余波は遠慮なく周囲に広がっていく。近距離で巻き込まれたカラナリは肌が焼けたり吹っ飛んで壁に当たったり散々な扱いを受けていた。
(このままじゃついでに殺される……!)
「雪像造りに戻りましょう! 雪が降れば犬は元気にわふっとはしゃぐものなんですそう相場は決まっているんです!」
「一応お前幹部だし仕事で来てんだろ全身全霊で楽しんでんじゃねぇ!!」
「さぁ一緒に楽しみましょう! 一緒にっ! 私達の仲じゃないですか!」
「知らねぇよ勝手に遊んでろよ俺は怠惰だサボるのが仕事だ!」
(優先強制の影響で……大罪は怠惰を優先……あの訳の分からない犬女は……何故か知らんがこの状況で友人、信じられんが怠惰の悪魔と共に遊ぶのを優先……一体どんな神経してんのか分からんが……ビックリするほど反対意見のぶつかり合い……優先強制の影響下じゃあの二人はずっと反発し続ける……)
近くに居れば、それだけで危険だ。だけどそれは巻き込まれたらの話であり、解決法なんて馬鹿みたいに簡単だ。この場から離れれば、後は勝手に争ってくれるだろう。見方を変えれば厄介な大罪を抑えてくれているし、大罪にしても追ってきた敵の注意を引いてくれている。
(敵は俺なんて眼中にない……屈辱的だし無様だがこの際なんだっていい……このまま這いずってでも奴等から距離を取ればそれだけで助かる……! やられなければいい、俺の役目はそれだけだ……)
反転の能力は、歪める点で言えばとても使い勝手のいい能力だった。発動すればそれだけで、誰もが逆の行動を取る。簡単に裏切らせることが出来る、簡単に失敗させられる、簡単に上手くいっていた全てを覆せる。第三者の思い描いていた破滅や破局を簡単に引き込める。結末を歪める最善手。勇者として、この力で何回も生き残ってきた。死線に立たされても、逃げようとした仲間は反転し前線に突っ込んで行く。自分を殺そうと剣を振り上げた相手も、反転し自分以外を狙った。いつだって、自分だけが生き残った。誰もがこの力に目を付け、利用し美味い汁を啜っていく。簡単な話だ、従って力を使えば依頼主は満足する。自分はこの力を、言われた通りに使って歪めていけば何もかもが上手くいく。若い頃の理想や自分のプライドだって、面白いくらいに反転する。何もかもが反転した世界で、唯一覆らなかったのが絶対正義の存在だ。全てが簡単にひっくり返るクソみたいな世界で、やっと見つけた信じられる絶対的な存在。あの光の下なら、自分は迷わずに済むんだ。だから泥に塗れようが、地面を這おうが、与えられた役目を全うするんだ。
(この場で反転を発動すれば……怠惰は働くしあの犬も怠惰に構わなくなる……逃げようとする俺に向かって来る……でも反転無しじゃ国中が優先強制で目を光らせる、反転の再発動は絶対だ……!)
あの怪物達から離れ、反転を発動する。それが自分の役目であり、絶対に投げてはいけない使命。どう生きても、自分だけが生き残る。理想を追い求めれば追い求める程、周囲は歪んでいく。他の私腹を肥やすなんてクソみたいな仕事で命を繋いで勇者の名を汚しても、結局裏切られ捨てられる。人の善意や想いすら反転させ歪める自分には、いつだって歪んだ道しか用意されなかった。転げ落ちてようやく見つけた正義の道に縋って何が悪い、与えられた役目に準じて何が悪い。例え行き過ぎた正義だと頭では分かっていても、それが多くの目から見てやりすぎで、間違いだとしても、自分にとっては残された正義に他ならない。
「絶対正義は……俺にとっては紛れもない正義なんだ……!」
「迷いなんてない、従い尽くす……俺の役目に、迷いはない……なのに……! 反転はどこまで俺の前に立ち塞がるっ!!」
自分の力だ、上手く使う方法は絶対あるって信じてた。正しき想いは裏切りや絶望に捻じ曲がり、腐った思想の下で笑顔を何度も涙に変えた。歪めた全てが、自分の理想を黒塗りにした。何度も頭をよぎる、この力は人を不幸にする力だと。誰がそんな事実認めたいと思うのか、勇者になるくらい正義感に溺れた愚か者が、そんな事実受け入れたいわけがない。足掻いてもがいて転がり落ちて、多くを不幸にして今更認めて無様に死ねなんて酷すぎるじゃないか。だから正義の下、正義の為、自分は邪魔する全てを反転する。正義の道を切り開く為なら、全ての意思を反転する。それなのに、反転した先でも道を塞がれた。
「反転ってのは知らないけど、立ち塞がる理由はあるかなぁ」
「お前からは敵意を感じる、国の中をかき回しているのはお前か?」
ムカデ型とカマキリ型の虫人種が、逃げ道を塞いできた。優先強制の影響下で、魔物が立ち塞がってくるのは予想外だ。どうしてこいつらは、人の国の為に此方の邪魔が出来るのか。
「魔物如きが……己の欲を優先せずに人の国の為に動くなんて……」
「開口一番酷い言い草じゃないか、決めつけるのは良くないな」
「それに僕達は自分の欲を疎かにはしてないさ、やりたい事に嘘なんてついてないよ」
「私達は友の役に立ちたいだけだ、友がいるからここにいる……それだけだ」
どうして、自分の為に使った反転はいつも誰かを傷つける。いつもいつも歪ませて、汚いモノしか見せない癖に。正義の下で使った反転ですら、いつも心を軋ませるのに。覚悟を固めて心を殺して、反転させ続けてきたのに。どうして反転した先に、綺麗な正義が立ち塞がる。どうして見せつけるように、昔追い求め、手に入らなかったそれが立ち塞がる。否定したい、遠ざけたい全てが、それを見せつけるんだ。
「退け……退け……! 魔物如きが、綺麗ごとを並べるな……!」
「俺は正義だ、絶対正義の道を邪魔するな……!」
反転の力を放ち、立ち塞がった魔物二体の優先を反転させる。友の役に立ちたいという綺麗ごとを捻じ曲げ、此方を捕えようとする魔物二体の動きを縛る。
「ぬっ?」
「身体が……」
「俺は全てを反転させる、物事は全て裏表がある……正義と悪は表裏一体……何も変わらない、何もっ!!」
「どれだけ汚くても、非情でも残酷でも、正義と呼ぶ道はある、どれだけ堕ちても、それしか残らないなら、最後に残ったそれが正義だっ!!」
「邪魔をするな、邪魔はさせないっ! 絶対正義の、邪魔はっ!!!」
カラナリの胸を、魔力の球が打ち抜いた。後方で寝そべっていたプラチナが、目も向けずにカラナリを射抜いたのだ。
「…………っ…………邪魔、は……」
「あーあ、サボりの果てに真理有りって信条に傷がついたわ、よりによって怠惰の俺がお仕事しちまうとはね……」
「お前さぁ、正義も悪も表裏一体とか抜かしてさ、何も変わんないって分かってんなら投げ出してんじゃねぇよ」
「…………なに、を…………」
「最後の一個になっても、ひっくり返るんだ、ひっくり返せるんだよ」
「面倒この上ないけどさぁ、どんだけ堕ちても正義も悪もひっくり返るんだ」
「他人の正義に縋るより、今も惨めに足掻くくらいガッツあんならさぁ……自分に残ったもん信じてみろよ」
「やり直せないなんて投げ出すよりかは、まだ生産性があると思うけど?」
「俺……は…………」
「怠惰の悪魔を反転させたんだ、他の何が怖いってんだか」
「まずは寝て、そっからまたやり直せバーカ」
魔力を指で弾き、カラナリの額を打ち抜く。カラナリの意識は反転し、闇に堕ちた。反転の能力が完全に失われ、ヒャクとシロガネの拘束が解ける。当然、怠惰も怠惰に元通りだ。
「わふふふふ……プラチナさ~ん」
「なに、何をどう言われても俺は働かないからな」
「いやぁプラチナさんは言うほど怠惰じゃないよな~って」
「勘違いするなよ、あれがいると俺がサボれないから倒しただけだからな」
「それにあの程度で泣き言漏らす奴嫌いなんだよ、生きてるならまだ幾らでもやりようあんだろうが」
「こちとら堕ちるとこまで堕ちて悪魔化からの全滅ルートだぞ、まず堕ち切ってからほざけや」
「えぇ、大罪の皆さんとてもお優しいです」
「何を聞いてたんだか……」
路地裏のゴタゴタに巻き込まれ、反転のカラナリは倒れた。その顔は何処か穏やかで、優しく寝かしつけるような魔法で倒されたとかなんとか。一部始終を見ていた暴食の森出身の虫人種達曰く、『心優しい怪物もいたもんだ』……との事だ。




