第八百四十六話 『見せ場』
ほんの数分前、マーキュリーに担がれていたクロノに衝撃が走った。何か、ガラスのようなモノが砕け散るような感覚だ。
「おっと……これは……」
(やああああああっと変なのが消えたぁ! クロノ大丈夫!? 頭以外変になってない!?)
(壁のような隔たりが消えた……能力の影響が消えたみたいだ!)
(むぅ……やっと、届く……お説教……)
(あー窮屈だった、おいクロノ聞こえてるな?)
精霊達の声がいつもの五倍くらいの密度で自分の内側から溢れ出してきた、このやかましさすら今は懐かしい。
「懐かしき精霊使いのリスクよ……スピネルの奴やってくれたみたいだな……」
「テメェ担がれてる分際でなにをぶつくさ言ってんだ?」
「いやちょっと大切な色々を取り戻したところでね……っていうか地味にお説教って聞こえたんだけど!?」
(仕方ないよ、今回も君は僕達に心配をかけたんだから)
「判定が厳しいな……それに慣れてる自分が怖い」
(それにまだ殆ど片が付いてねぇからな、ここからの行動次第で説教のレベルは上がるぞ)
「うへぇ……ちなみに今のレベルは?」
(どうなのティアラちゃん、ティアラちゃんの目から見て今のクロノの無茶っぷりは)
(…………2……3よりの……2……)
ちなみに討魔紅蓮の時が5でゲルトでの戦いが最終的に8らしい。基準は正直不明だが、10が最大との事だ。まぁどう転んでも長時間怒られるのは変わらないのだが。
「せっかくお祭りが控えてるんだ、これ以上未来の俺に負担を強いるわけにはいかないな……」
「だからさっきからなにをブツブツ言ってんだ気持ち悪ぃな……吹雪で見えにくいが国が見えてきたぞ」
「本当に助かったよマーキュリー、未だに血が止まってないのにここまでありがとうな」
「はぁ? 別にテメェを助けたわけじゃ」
「俺はもう大丈夫だから、しっかり捕まっておけよ、後それ落とすなよ」
気を失ってるブリッツクロスを落とさないよう、一応声をかけておく。クロノはマーキュリーの腕から逃れ、マーキュリーの片腕を掴んだまま空に飛び上がる。やはり、隔離の能力が消えている。精霊とのリンクは、もう何の問題もない。
「ぬおわああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「感知も問題ない……ないけど……国には大問題が起きてるみたいだな!?」
吹雪で視界が悪いが、水の感知には異常がしっかり捉えられていた。無数の反応が国中で大暴れしているし、しかもその反応が異常な力でいきなり強化された。
「あぁもう滅茶苦茶だよ」
「俺様の目から見ても、随分と滅茶苦茶じゃねぇか……本当に人と魔物がほんわかするような祭りになんのか?」
「どう見ても、祭りって言うよりは戦争だが」
「それはこれからなんとかするのさ、全部終わったらお前もきっと笑顔だろうぜ」
「そりゃまた……実現率の低そうな未来だなおい、どうして馬鹿は実現困難な夢ばかり見るんだ」
「夢は、でっかくキラキラしてなきゃな…………むむ」
国中が異常な気配に呑まれているが、その中に頼れる仲間達の反応が確かにある。幾つかの位置を感知し、クロノはその中で最初に頼る反応の元へ飛び込んだ。矢のように地上に着弾し、マーキュリーをそいつの方へ軽く放り投げる。
「アクアさんっ! 重症一人! 治療頼んだ!」
「はぁっ!!?」
「テメェ恩人を投げてんじゃごふぁ!」
「どさくさに紛れて盾役から逃走していた無関係なラブリーエンジェルが下敷きにぶらぁっ!」
説明口調の一般通過天使がマーキュリーとブリッツクロスの下敷きになったが、狙ったわけではないので無罪とする。クロノは嫉妬チームのど真ん中に着地し、マーキュリーの治療をアクアに押し付けた。
「なんなのあんた!? っていうかどういう事!? 説明は!?」
「してる暇はない」
「喧嘩売りに来たの!?」
「マルスの器じゃん、敵陣に突っ込んでくるなんて命知らずだね、嫉妬しちゃうよ」
「今それどころじゃないんだ、見ての通りさ」
周囲は黒く染まった人形達で大パニックだ、俊敏な動きで襲い掛かってくる人形達に、多くが防戦一方となっている。
「とりあえずアクアさん、マーキュリーを頼んだよ、もう一方の転がってるでかいのは敵だから拘束しといてくれ」
「だからなんなのよ! っていうか今あたし忙しいのよ! 回復なら競技に出てない兄様が広場にいるでしょそっち頼りなさいよ! 他にも回復できる奴いるじゃないエルフとか勇者とかさ!」
(アクアさんが一番近かったんだけど……うーん)
「頼りにしてる」
「しょうがないわねっ!」
「これには嫉妬もドン引きだよ、どんどん周りは騒がしくなるし……どう治めるつもりかな」
「なんとかするさ、だからレヴィちゃんは精々スゲェ雪像造る事だけ考えてりゃいいよ」
「今回の大罪の役目は……囮と祭りを盛り上げる事……降りかかる火の粉は俺達がなんとかする」
「ふぅん、嫉妬させてくれるのかな? 後輩くん」
「そりゃあもう、勝ち誇る気で立ち回るさ」
「思い込みが強さに繋がるってのはあながち間違いじゃないからね、存分に思い上がると良いよ」
「あぁ、楽しんで嫉妬してくれ」
そう言ってクロノは軽く空中に飛び上がる。加速の前に、一言だけアクアに付け加える。
「アクアさん! マーキュリーは今回本当に恩人なんだ! マジで頼んだぞ!」
「気は進まないけど、わかったわよしょうがない……」
「テメェ感謝してんなら言い方考えろよ!」
「ついでに下敷きになってる僕ちゃんを誰か心配してー」
「礼は後でちゃんとするから、死ぬんじゃねぇぞ!」
「誰が死ぬかボケがッ!! さっさと終わらせて来い!」
「あぁ……勿論だ!」
空高く舞い上がり、クロノは抑え込まれていた分全力を出す。国中の人形は、二種類の魔力を纏っている。術者が二人いるらしいが、膨大な数がいる癖に全てが同じような反応で嫌でも目立つ。これなら、誤射の危険はない。大量の精霊球を生み出し、出来る限り多くの人形を一気に薙ぎ払う。砕けた反応が消えない、差はあるが全てが再生しようとしている。これは術者を止めなきゃ終わらない。人形が纏う魔力と同質の力が、濃い場所がある。そこを目掛け、クロノは迷わず飛び込んだ。
「さて突っ込んで来たのはいいけど……実は状況が分かってないんだこれが」
「分かってるのは、そこの仮面の奴が黒人形の元締めって事なんだが」
「人形を生んでいるのは別の奴だ、だが人形を黒く強化しているのは間違いなくその仮面だ」
「隣の騎士ちゃんは?」
「我の友であり、正義であり、無敵状態の現状倒せぬ化け物だ」
「なるほど」
「化け物呼びは悲しいわね、悲しいからもう終わりにしましょう」
ルーチェはゆっくりと剣を構える、あれが振り下ろされるだけで、全滅の可能性がある。
「やらせてはならんが、止めようがない!」
「なんでか知らんが、どの道見てるだけはないな!」
恐らく何かしらの能力、クロノは水の刃を下から振り上げルーチェの剣を受け止める。一瞬だけ止まるが、水の刃が消し飛ばされた。
(!? 能力を斬れない……逆に消し飛ばされた……!?)
「水の自然体……能力殺しの一刀……だけど残念ね……」
「正義に理屈は通じない」
「いや、すました顔で何言ってんだお前……正義なら理屈は通せ馬鹿ッ!!」
再度水の刃を形成、モーションを止めずもう一度振り下ろされる剣を受け止める。一瞬は止まる、一瞬だけならぶつかり合える。だから砕かれても即座に出し直す、止まるまで打ち込み続ける。正義だか何だか知らないが、触れられるならどうにでもなる。砕け続ける水の刃を、超速で再生させながらクロノはごり押しで正義を押し返す。上昇気流で無理やり跳ね上げ、ルーチェの剣を弾き返す。
「ごり押しが過ぎるが! よくやったぞ偽勇者っ!」
「そりゃどうも! でもよくわかったクソ強いなこいつ!」
ほんの少しの交戦で、相手の理不尽さが良く分かった。今まで戦った相手とは違う、能力が異次元レベルに強いタイプだ。馬鹿正直に戦っても、恐らく押し負ける、
「…………」
剣を弾かれたルーチェは、目を見開いて固まっていた。ごり押し極まる無茶な押し合いだったが、防がれた事が信じられないといった様子だ。先ほどと似た反応、この隙をレフィアンは見逃さない。
「どうだルーチェ、そろそろお前にも分かったか?」
「…………また、戯言?」
「いいや真実だ、世の中正義が全てではない」
「現に今、お前の正義は止まったじゃないか」
「? レフィアンさん?」
(時を稼げ、今ラックとラサーシャに希望を託している)
(ルーチェは正攻法では倒せない、賭けだが策がある)
良くわからないが、策があるのなら乗らない選択はない。レフィアンの目は、クロノの大好きな勇者の目だったから。
「絶対正義よ、愚か者はこの慈愛にお任せを」
「その見た目で慈愛? 良いとこ不審者だぞお前」
「…………」
「乗っちゃ駄目よヘイルダン、安い挑発に乗って正義を見失わないで」
「貴方は身を隠すの、不覚を取れば隔離みたいに能力が消える事になるわ……目の前の異分子はそうして現れた……不測の事態は好ましくないの」
「正義は負けないのではなかったか? 不測の事態に振り回されるとはみっともないなルーチェよ」
「………………」
「絶対正義よ、安い挑発に乗っては」
「わかってるわ」
(すっごい不機嫌そうなんだけど……もしかしてあの騎士ちゃん挑発に弱いのか……?)
レフィアンを分かりやすく睨みつけているが、底が知れないのは変わらない。話の流れ的に仮面の男も最悪逃げ出しそうで嫌な感じだ。出来れば仮面の男はここで倒したい、倒す事が出来れば国中の人形を弱化させられる。だがそれを邪魔するのは無敵に等しい女騎士。時間をかければかける程被害は大きく成りかねない。
(さて……どう動くか……秒殺狙いで飛び込むか……?)
クロノが拳を握り締め、超速で仮面の男に突っ込もうかと思った時だった。中央広場で、大きな音がした。見れば、クソでかいステージがライトアップされ高くせり上がっていく。あれは、予定ではコールのライブ用ステージの筈だ。
「なんだ誤作動か!? ライブって第二フェーズのパレードでやるって話だろっ!?」
「我も詳しくは知らんが、今この国はルーチェの仲間による優先強制と優先反転、二つの影響下にある」
「予定を先取りし、先の戦い……討魔紅蓮との戦いの時のように勇者コール・ミジットの歌声で皆を鼓舞しようとしても、恐らく出来ないだろう」
「だから……別の用途で使わせてもらう……ラックとラサーシャは間に合ったようだ」
「間に合った?」
不敵に笑うレフィアンに、クロノは首を傾げる。だが次の瞬間に、レフィアンの意図は伝わった。聞き覚えのある声が、国中に響き渡ったからだ。
『あー……あー……これ大丈夫か、これちゃんと使えてるか? うわあ私の声が響いてるっ!! げほっ……スーハ―……落ち着け私大丈夫だ、自信を持つんだ……うぇ……緊張で吐き気が……』
『ごほんっ…………神聖討魔隊のボス正義ッ!! 聞こえているかっ! 私の名前はセツナッ! 何を隠そう流魔水渦の切り札だ初めまして!』
『お前達は正義じゃないモノ全部が気に食わないらしいな! こちらの用意した餌に食いつき、勝負の場に堂々と現れ暴れ散らかしてくれてありがとう、だがわざわざ乗ってくれた以上、そちらもケリを付けたいんだろ、白黒はっきりつけたいんだろう、悪をぶちのめしたくてしょうがないんだろう!』
『受けて立つぞこんちくしょう! 真っ向勝負だ、見てみろ派手な舞台を用意してやったぞ! みんなから丸見えの超目立つタイマンフィールドだ! 上がって来いよボス正義ッ!』
『まさか正義は負けないなんてほざき散らかしてる癖にっ!! 売られた喧嘩から逃げたりしないよなっ!! この切り札が怖いとか言わないよなっ!!』
響き渡る切り札の挑発、クロノは吹き出すのを堪えるのが大変だった。そしてダメ押しの一言が、レフィアンの口から放たれる。
「用意された舞台から尻尾を巻いて逃げ出せば、お前の言う絶対正義は魔の切り札から逃げた臆病者だ」
「目撃者は多数、例えこの国を滅ぼしても……お前の正義は泥塗りだ」
「………………………………」
「それでいいなら、その正義ここで振り下ろし全て終わらせるがいいさ」
「絶対正義よ、愚者の戯言に付き合う事は……」
ルーチェは沈黙したまま、地を蹴り飛び上がった。仮面の男は頭を抱え、レフィアンは笑みを零す。
「残念だったな仮面よ、人は変わるが、変わらぬモノもあるのだ」
「ルーチェはな、昔から負けず嫌いなのだ」
飛翔した絶対正義は、切り札の挑発に乗った。用意された特製ステージに、まんまと降り立った。キラキラと彩られたステージの上には、正義と切り札の二名のみ。
「正義の証明、その為のステージを用意してくれてありがとう」
「悪の代表、切り札である貴女をここで切り伏せる……そして正義を成しましょう」
「……………………ふっ」
(なんだこの展開はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ誰か助けてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!)
顔には出さない、死んでも出さない、喉まで出てきている弱音の絶叫をなんとか呑み込み。仲間達にも見せた事がないような不敵で不遜でミステリアスで強者感半端ないクール系切り札がそこにいた。知ってる奴からすれば大泣き寸前無表情なのだが、知らない奴からすればこの状況で表情を変えない何処に出しても恥ずかしくないクール系切り札なのだ。
「正義は負けない、だったか?」
「ならお前は今日初めて知る事になるぞ、敗北の味をな」
「あら、お生憎様…………その味を知ったから、私は生まれたのよ」
(死ぬ気で格好つけたら怒らせた件について)
高所でキラキラ輝くステージ、その上で代表二名によるタイマンが始まった。正義と切り札、両者の激突が冗談抜きでこの戦いの結果を決める。
頑張れ切り札、みんなの為に。




