第八百四十五話 『乱入者』
レフィアンは言動があれな事はあるが、れっきとした勇者である。活動期間は勇者になったばかりのラックやラサーシャとは比較にならず、積み重ねた善行の数もかなり多い。血反吐を吐いてもめげずに努力を重ね、確かな実績と実力を併せ持つ何処に出しても言動以外は恥ずかしくない立派な勇者だ。そんな実力者であるレフィアンは斬撃の嵐に呑まれながら、確信に近いモノを感じていた。
(このまま戦えば、死ぬ)
ルーチェの能力は、文字通りでしかない。正義は勝つ、ただそれだけの力だ。当人が正義だと思い込めば、それだけで無敵になる。相手を己の正義に反する存在と認識するだけで、自分は絶対負けないし相手は絶対に勝てなくなる反則能力。理不尽の押しつけ、思い込みの化身。はっきり言って無理ゲーだ。さっきから相手の攻撃は確実に当たるし防げない、こっちの攻撃は当たらないし当たっても弾かれる。今もブチギレて狙いもクソも無い全方位乱舞がレフィアンの身体を刻み続けている。闇魔法で防いでも、すり抜けて確実に身を切り裂いてくる。避ける事も防ぐことも出来ない攻撃を致命傷を避け比較的軽傷で済む場所でわざと受ける事で命を長引かせているのが現状だ。
絶対に負けるわけにはいかないが、自分はどう足掻いてもルーチェに勝てない。長引かせても意味はない、意味のある事に命を使え。まだ身体が動く内に、声が出る内に、可能性を紡げ。
「しぶといね、でも足掻けば足掻くほどそれは正義の邪魔になる」
「正義の邪魔をするのなら、貴女はそれだけ悪になる」
「踏ん張る程勝機が薄くなると……正義とは理不尽だなぁ!」
「いいえ、理不尽なのは世界よ」
「私、本当に悲しくて辛いのよ……貴女と敵対している今がとっても苦しいの」
「それでも正義を曲げるわけにはいかないの、間違いの中に生きる貴女達を切り伏せ……私は正義を執行する」
「綻んだ事実は変えられんぞ、確かにお前の指針は狂った……お前の語る正義をどこまで信じ貫ける!?」
「どこまでも、永遠に」
命を刈る斬撃が、正確に冷酷に確実に首を狙ってきた。首に喰らえば即死、回避も防御も不可能、だから腕で受けた。まだ片腕になるわけにはいかない、闇魔法で防ぐのではなく腕が跳ねられないように固定する。腕が半分ほど斬られたが、跳ねられる前に自分の腕ごと闇魔法で弾いて軌道をずらす。鮮血が両者の間を染め、痛みが思考を染める、止まるな、前に出ろ。1秒でも長く喰らい付け。
「まだ我を友と想いながらも、やる事がこれかっ!」
「貴女を悪にしたこの世界を、私は許すわけにいかない」
「どうしてそっちにいるの? こんな狂った祭りの中でどうして笑っていられるの? 正しく生きなきゃ意味も価値もないのに」
「正しさなんぞ誰にもわからんよ、証明のしようもない」
「ただ、我には皆が楽しそうに笑っているこの祭典を間違いとは思いたくは無いのだ」
「勇者らしくない、絵面が似合っていない、不向きだ、散々言われてきた……我は闇魔法の使い手故正義とかけ離れていると……スタートラインにすら立てず言の葉に晒されてきた我だから……最初の一歩から否定するのは嫌なのだ」
「我は正義を押し付ける為に勇者になったのではない、万象万物全ての可能性を守るために勇者になったのだ」
「相手がお前でも、守る相手が人でも魔物でも悪魔でも、我は未来の可能性を信じたい」
「お前の記憶の中の我に、恥じぬ自分でいる為に」
「…………変わらないね、変わってないよ」
「傷つけたらすまないが、お前は変わったな」
「…………貴女の記憶の中の私は、弱すぎる」
「それは、罪であり悪だから…………私は記憶の中の私も切り伏せる」
ルーチェの表情が、消えていく。剣を構え、再び不可避の斬撃が飛んでくる。凌ぐのも限度がある、なんとか言葉で時間を稼ぎたいが、それもそろそろ限界だ。だが、まだ足りない。
(せめて、もう少し……!)
「せめて、もう苦しまないで」
「だらあああああああああああああああああああああああっ!!」
後方から飛び込んで来たラックが、ルーチェの腕を蹴り上げる。びくともせず、攻撃は止まらない。
「馬鹿かよっ! クソ……斬るなら俺を斬りやがれっ!」
「馬鹿は君です! 死ぬつもりですか馬鹿っ!!」
自身に狙いを向けさせ、囮になろうとしたラックの後ろからラサーシャが槍を投げる。二つの槍を繋ぐ紐でルーチェの腕を絡め取り、引っ張り態勢を崩す事でなんとか一撃を凌ぐことに成功した。だが斬撃が意味不明に曲がり、ラックとラサーシャに襲い掛かる。防ぐ事すら出来ぬ一撃は、容易く二人を吹き飛ばした。
「がっ……」
「きゃっ……」
「ラックッ! ラサーシャッ!」
「優先強制と優先反転は国の全域を飲み込む勢いで拡大している筈なのに……貴方達は私を狙う、優先強制は働いている……なのに反転していない……カラナリに何かあったかな……?」
「…………爆発の音も止まってる、そういえば隔離の影響も消えてる……罪深いな、罪深いよ」
吹き飛んだラック達には見向きもせず、ルーチェは空を見上げ何かブツブツと呟いている。一件隙だらけだが、こちらにはそもそも攻める手段すらない。明確に、相手になっていない。このままじゃ、正義は崩せない。
(正義を穿つ可能性……流魔水渦の切り札の力に頼るしか……祭りの映像、最初のチーム紹介で何処にいるかはわかってる……そこまで、なんとか……なんとか……!)
先ほどのルーチェの攻撃で、この国にイレギュラーがいる事はルーチェにもバレている。あれは国全体を狙ったからたまたまセツナが対象に含まれ、エラーを吐いたに過ぎない。切り札の存在が明確になれば、それは詰みだ。単純にセツナだけ避けて先ほどの全域対象正義執行をされたら一撃で国は滅び全滅する危険がある。変なのがいる事は既にバレている、変なのが誰なのか何処に居るのか鮮明になる前に、相手の懐に切り札を投げ込まねばならない。
(もう少し……あともう少しの場所にいるんだ……!)
建物の屋根の上を飛び移り、レフィアンはルーチェと戦いながらセツナ達がいる外周近くまでやってきていた。セツナの居るチーム傲慢は、もうすぐそこだ。挑発でもなんでもして、少しでも気を引かなければ。
「どうしたルーチェ、この我から目を離すなんてつれないじゃないか」
「それとも何か? 我が纏うカクリヨのオーラに目を焼かれたか」
「カクリヨとは、戯言を…………深淵は戯言に染まりはしない」
知らない声が、ギリギリの戦いの色を変えた。この戦いは、戦いと呼んでいいのか分からないくらいにギリギリの駆け引きで成り立っている。何か想定外の横槍が、それこそ爪楊枝レベルの横槍が入るだけで破綻する。崩壊する、カクリヨとか言ってる場合じゃない、それよりもっと恐ろしいモノがやってくる。ルーチェの影から、知らない男が這い出してきた。
「絶対正義、中々に苦戦を」
「馬鹿言わないで、正義に苦戦は有り得ない」
「少し、過去が袖を引っ張ってるだけよ」
「失礼を、ならばこそ我が慈愛が助力となりましょうぞ」
黒いマントで全身を覆い、不気味な仮面を付けた男がルーチェに跪いた。嫌な予感がする、あの見た目で害がないわけがない。まるで本当に深淵の底から害悪な何かが這い出してきた気分だ。
「…………旧友との戯れに割り込むとは、マナーがなっていないな!」
千切れかけた腕で放った渾身の闇魔法は、ルーチェの一閃で消し飛ばされる。仮面の男はこちらを見もせず、両腕を天に掲げた。
「今、この国には大量の人形兵が放たれているわ」
「ぬ?」
「マナー違反の詫びよ、フェアじゃないのは正義じゃないわ」
「人形兵はこっちの手の者が生み出しているの、でもこの数だから簡単な命令しか出せないし……正直弱いわ」
ルーチェの視線は下を向いている。屋根の上からは人形が祭りの参加者や勇者に呆気なく倒されているのが確認できた。
「傍にいる人の欲に、人形は反応してる……逃げる者を追い、戦闘意思に反応し、異常からは距離を取る……興味も、恐怖も、正義感も、異変が起こり長引けば色濃くなる」
「感化して、大きく変わるの」
「我が慈愛は、それを後押しするのです……全ては正義の為……正義の道を切り開く為……」
仮面の男は祈るように、天に黒を放つ。慈愛なんて、綺麗なモノにはとても見えない。それはどす黒く、禍々しく、捻じ曲がった悪意の塊、黒は空を染め、国に降り注ぎ、国中の人形を漆黒に染めた。バラバラになった人形の破片すら膨れ上がり、破片全てが人型に再生する。強化なんて生易しいものじゃない、狂気の具現のような異常事態だ。
(なんだこれは……パニックだ、国中が呑まれ……!)
「絶対正義よ、あちらのチームに居る妙な女……あの女が正義の妨げになっているようです」
「なっ……」
「そう、じゃあ……それ以外をまずは消しましょう」
「その後で、異分子は祓います」
剣を、構えた。最悪だ、たった一人の乱入で状況が反転した。ルーチェは屋根の上に居るが、恐らく地面だろうが屋根だろうが、もしかしたら虚空だろうが関係ないかもしれない。そういう意思を持って、狙いを付けて、ルーチェが力を振るえば、それだけでルーチェは勝つし、こっちは負ける。つまり、チェックメイト――――――――
風が、吹き抜けた。雪花が舞い散り、上空で斬撃が煌めき雪が吹き荒れる。その中を高速で何かが駆け抜け、膨大な数の煌めきが、四色の輝きが降り注ぐ。精霊球の暴風雨が、国を覆った狂化人形兵を、一気に薙ぎ払う。飲み込まれかけた戦線が、一気に押し戻される。嵐のように国を駆け抜けた何かは、少し荒っぽくレフィアンの隣に着地する。屋根を削りながら、この状況でも前を向いて。
「悪いけど俺まだ、迷惑しかかけてねぇんだ」
「駆け込み参戦、いいかな」
「あら、異分子は一人じゃないのね」
「愛の分からぬ愚か者が……」
二人目の乱入により、再び状況は変わる。まだ、可能性は繋がっている。千切れかけた腕を闇魔法で無理やり繋ぎ、折れかけた心を奮い立たせる。どんな絶望でも、勇者は決して折れたりしない。
「勇者を奮い立たせるとは、中々の役者ではないか……見直したぞ異分子よ」
「役不足かもな、俺って偽勇者だし」
「あらあら、正義としては見過ごせないわね…………狩るべき悪じゃないの」
「愉快愉快っ! 正義の横っ面を引っ叩くに相応しい役ではないかっ!」
「聞こえるかっ!! 立ち上がれラックッ! ラサーシャッ! ここがこの戦いの勝敗を分けるっ! 勇者の意地を見せろっ!!」
レフィアンの足元から闇が噴き出し、先ほどルーチェに吹き飛ばされたラック達の元へ闇が走る。レフィアンの経験が叫んでいる、ここを逃せば勝機はない。
「…………どうして、そんな眼が出来るの?」
「お前が、目の前にいるからだ」
たとえ死んでも、諦めない。




