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Another Tiny Dungeon~戦争奴隷の人族だけど平和な学園生活を送りたい~  作者: フォンダンショコラ
第一章「どうせやらなきゃならないなら、思う存分やってみる」

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#04 人生の大事な教訓「一難去ったら、また一難」前編

 アウラが乱入した後の騒動については、結局、彼女の暴走ということで片付けられた。

 襲われたシアと、大立ち回りを演じたルカは、その後ミスティー教官に連れられ、教官室で事情聴取を受けることになった。


 とはいえ、まだショックが抜けきっていないのか、シアの説明は要領を得なかった。そのため、実際にはルカがほとんどの状況を説明することになったのだが、アウラがああいった騒動を起こすのは一度や二度ではないらしい。

 二人とも被害者という扱いで、事情聴取は思ったよりもあっさり終わると、すぐに帰宅許可がでた。


「生徒ルカ」


 シアの後に続いて教官室を出ようとしたところで、ミスティー教官に呼び止められる。

 振り返ると、ミスティー教官は眉間に深いしわを寄せ、こめかみを押さえていた。


「あなたはどうやら、生徒アウラに気に入られてしまったようですわね。可能な限り、彼女の視界には入らないようになさい。それから、何かあったら一人で抱え込まず、迷わず教官に相談すること。よろしいですわね?」

「えっと……気をつけます」


 何をどう気をつければいいのか、正直なところ分からない。

 それでも、ミスティー教官の表情を見る限り、冗談で済む話ではなさそうだった。


「失礼しました」


 ルカは深く頭を下げ、頭痛に堪えるようにため息をつくミスティー教官を残して、教官室を出た。


「あのっ!」


 教官室の扉を静かに閉めたところで、声をかけられた。

 振り向くと、廊下の窓際にシアがどこか不安げな表情で立っていた。

 時刻は、もう夕方になっていた。長い事情聴取の間に、入学式の喧騒もすっかり遠ざかっている。西日が廊下の石床を赤く染め、窓から差し込む光がシアの黒髪と紫の角を淡く照らしていた。

 彼女は両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。

 先ほどまで壇上で怯えていた姿とは違う。けれど、落ち着いているというよりは、必死に逃げ出さないよう踏みとどまっているように見えた。


「えっと、シアさん?」

「……その」


 シアは何かを言いかけ口ごもる。顔をこちらに向け視線を合わせようとして、すぐにそらした。

 唇が何度か動く。けれど、言葉は出てこない。

 ごく短い付き合いしかないが、シアが非常に引っ込み思案な性格であることをルカは掴んでいた。急かさず、彼女の言葉をただ待った。

 やがてシアは、小さく息を吸い込んだ。何かを決意した綺麗な赤い瞳と視線が合った。


「……ありがとう」


 発せられたその声は小さかったが、廊下に落ちる夕暮れの静けさの中で、ルカの耳にしっかり届いた。


「入学式のことも、その……さっきのことも。助けて、くれて」


 精一杯言葉を紡いだのだろう。言葉は途切れ途切れ、ところどころ視線を床に落としながらも、最後まで言い切ると、最後に不安そうにこちらを見上げてくる。

 そんなシアにルカは柔らかく笑ってみせた。少しでも彼女が不安に思わなければいいのにと。


「いえ。怪我がなかったなら、よかったです」


 本心からそう答えると、シアは困ったように眉を寄せた。


「普通、ああいうときは、もっと自分の手柄みたいに言うものじゃないの?」

「そうなんですか?」

「知らないけど……たぶん」


 言ってから、シアは少しだけ気まずそうに目を伏せた。

 どうやら、自分でもよく分からないことを口にした自覚はあるらしい。

 ルカはくすりと小さく笑った。


「手柄にするには、ちょっと割に合わない相手でしたし」

「……あの女、アウラ=フランに目をつけられたから?」

「はい。正直、ものすごく困っています」


 素直に言うと、シアはきょとんとした顔をした。

 そして、ほんのわずかに口元を緩める。

 笑った、というにはあまりにも小さな変化だったが、それでも先ほどまでの張り詰めた表情よりはずっと柔らかかった。


「……私のせい、よね」

「それは違います」


 ルカは即答した。

 自分でも少し驚くくらい、はっきりとした声だった。


「アウラさんが暴れたのは、アウラさんのせいです。シアさんのせいじゃありません」

「でも、狙われたのは私だもの」

「狙われた人が悪いなら、世の中の被害者はみんな悪いことになります」


 シアは言葉に詰まった。

 ルカは少しだけ肩の力を抜く。


「それは、違うと思います」

「…でも」


 なおも自分を責める言葉を履こうとしたシアにルカは被せるようにいった。


「『でも』も『だって』もこの話題では禁止です」

「…っ」

「シアさんは悪くない。これは決定事項です」


 自信を込めて言い切るルカを、シアは目をまんまるにして珍獣でも見つけたような顔をする。


「……変な人」

「よく言われます」

「そうなの?」

「たぶん、これからもっと言われます」


 言ってから、ルカは苦笑した。

 今日一日だけでも、十分すぎるほど目立ってしまった。平穏な学園生活という当初の目標は、入学初日からかなり怪しくなっている。


 シアはしばらく黙っていた。

 それから、ふと思い出したように廊下の先へ目を向ける。

 そこには、入学式を終えて帰っていく保護者たちの姿があった。子どもの肩を叩く者。誇らしげに笑う者。心配そうに声をかける者。期待はしていなかったが、ガンダはやっぱりこれなかったようだ。

 ルカは、何気なく尋ねた。


「シアさんのご家族は、もう帰られたんですか?」


 命を狙われるような騒動があったのだ。保護者がこの場にいないのはおかしいのではないのだろうか。ルカの義父であるガンダは多忙過ぎて結局これなかったようだが…シアの家族はどうなのだろうか。

 何気なく向けた話題に、シアは表情を強張らせた。


「……来てないわ」

「え?」

「来るわけないもの」


 腕を抱き、身を縮こませたシアの表情は、たぶん笑おうとしたのだと思う。

 けれど、その表情はひどくぎこちなく、その表情は自虐するようだった。


「私は、出来損ないだから」


 夕方の廊下に、その言葉だけが落ちた。

 ルカは何も言えなかった。

 シアは続ける。


「ゼルン家の令嬢なのに、魔族なのに戦えない。みなからは魔王の妃候補なんて言われているけど、魔法だってまともに使えないし、代表挨拶だって、まともにできなかった。そのうえアウラに襲われた時、ただ腰を抜かしてへたり込んでいただけだった」


 握りしめた手が、少し震えていた。悲痛な声をルカはただ聞いている。思い出されるのは騒動のあと彼女が「どうして」と悲痛に叫んだ言葉だった。

―何もできない自分をなぜ助けたのか。

 その言葉は彼女の隠された本心だったのかもしれない。


「飾り姫。壁の花。役立たず。ハリボテ。ヘタレ。弱虫。魔王の面汚し」


 まるで、何度も言われ慣れた言葉をなぞるようだった。

「そういうの、全部その通りなの。だから、誰も来ないわ。見たって、がっかりするだけだもの。誰からも期待されていないから、誰もこないの」

「……そうですか」


 ルカは、すぐには否定しなかった。

 否定できるほど、彼女のことを知っているわけではない。

 けれど、その言葉をそのまま受け取ることも、できなかった。


「でも、出来損ないなら、僕も似たようなものです」

「……あなたが?」


 シアが顔を上げる。

 紅い瞳が、初めてまっすぐルカを見た。


「はい。僕は人族ですから」


 ルカは笑った。


「魔法も使えない。角も翼も尾もない。今日だって、何度も戦争奴隷って言われました。ここにいるだけで場違いだと思っている人も、たぶん大勢います」

「でも、あなたは強いじゃない」

「強く見えただけです。怖かったですよ。ものすごく」

「嘘」

「本当です」


 ルカは肩をすくめた。もしそう見えていないのなら、ただ必死だっただけなのだ。


「怖くても、動いてしまうことはあります。動きたくなくても、足が勝手に出ることもあります。さっきの僕がそうでした」


 シアは黙ってルカを見つめている。


「だから、シアさんも同じじゃないですか」

「私が?」

「怖くても、壇上に立っていました。声が震えても、最後まで挨拶しました。あの場から逃げなかった」

「それは……逃げられなかっただけよ」

「僕も、似たようなものです」


 ルカはそう言って、少しだけ笑った。


「逃げられなかっただけでも、立っていたなら十分じゃないですか。そこに居たのならちゃんと戦ったってことです」


 シアは、何かを言おうとして、言えなかった。

 代わりに、胸の前で握っていた手を、さらに強く握りしめる。

 西日が、廊下の端へ沈んでいく。

 赤く染まった光の中で、ルカの笑顔は不思議なくらい眩しく見えた。


「……変な人」

「二回目です」

「何度でも言うわ。変な人よ、あなた」


 そう言いながら、シアはほんの少しだけ笑った。

 今度は、さっきよりも分かりやすく。

 けれどすぐに我に返ったように顔を伏せる。


「あ、あの……」

「はい」

「ありがとう。ちゃんと言いたかったの。それだけ」

「はい。ちゃんと聞きました」


 ルカがそう答えると、シアは頷いた。

 そして、まるでそれ以上そこにいると何かを見透かされてしまうとでもいうように、くるりと背を向ける。


「じゃ、じゃあ、私はこれで」

「はい。また明日、教室で」

「……明日」


 シアは小さくその言葉を繰り返した。

 それから、逃げるように廊下の先へ歩き出す。

 数歩進んだところで、一度だけ振り返った。


 目が合う。


 シアは何かを言いかけて、結局何も言わず、今度こそ足早に去っていった。

 残されたルカは、廊下に一人立ち尽くす。


「……これは」


 要注意人物票の最上段に書いた名前を思い出す。

 四貴魔将ゼルン家の令嬢、シア=ゼルン。

 魔王の妃候補。

 最接触注意。

 そこに、新しく一文を付け加えるとしたら。


「思っていたより、ずっと普通の女の子……かな」


 そう呟いてから、ルカは小さく息を吐いた。

 平穏な学園生活。

 今日一日だけで、ずいぶん遠くなってしまった気がした。


◆ ◆ ◆


「ただいま」

「よう!初日からフラン家のご令嬢相手に大立ち回りしたそうじゃねーか!」


 帰宅したルカをまっていたのは、妙に楽しそうなガンダの声と食欲をそそるいい匂いだった。


「もうそっちまで情報が伝わってたんだね。ってこのご馳走!どうしたの?!」


 リビングのテーブルにはところ狭しと並べられたルカの好物が並べられている。ビーフシチューに、パン、ハムやチーズだけでなく、焼きリンゴまで置いてある。


「ああ、これな?さっきジィチたちが持ってきてくれたんだわ」

「ジィチ姉さんが!?」

「おうよ、我らの弟分の新たな門出に、だとさ」

「うわぁ、うれしいや。ジィチ姉さんのビーフシチュー大好きなんだよね」


 ジィチはガンダが率いる部隊の副団長で、竜族の女性だ。ルカは彼女に幼い頃からお世話になっている。


「パンがギルで、焼きリンゴはフィニアがもってきてたな」

「二人も来てくれたんだね!」


 どちらもルカにとっては親しい人の名だ。幼い頃ガンダに引き取られたルカにとってガンダの部隊にいる面々は家族のような存在だった。


「三人とも当直だから、とんぼ返りしちまったがな」

「それでもありがたいよ」


 皆、いつも忙しそうにしている。こうやって祝ってくれるだけでも、心が暖かくなる。


「荷物を置いてこいよ。冷めないうちに食べようぜ」

「わかった!」


 ひらひらと手をふるガンダに返事をしながら、ルカは自室に向かう。ルカの部屋はリビングの奥、突き当りにある。

 二人が暮らす家はガンダの地位を考えれば驚くほど小さい。それこそ男二人が済む分に必要十分程度の広さしかない。お互いの部屋とリビングの他は、食料庫などの収納スペースとキッチンで終わり。客室などはない。外に目を向けても、玄関を出ればすぐ通りに面している。ごく一般的な集合住宅のうちの一室だ。


 自分の部屋に入り、学園で渡された大量の教科書が入ったカバンを学習机の上におく。魔導ランプに灯りを入れると、ルカの質素な部屋が照らされた。必要最低限のもので構成されたルカの部屋は、学習机、本棚、ベッド、そして服をしまうチェストで構成されている。上着を脱いで、皺にならないように壁にかけ、手早く部屋着に着替える。学園の制服は軍服のようなデザインをしているためきっちりしているのだが、その分、息苦しさを覚える。


 魔導ランプを消し、部屋を出る。リビングにいくと、ガンダが待ちくたびれたように椅子でだらけきっていた。


「るかぁ~はらぁへったぞ~」


 情けない声である。これでクルセイダーズ第5師団の団長だというのだから、世の中、案外適当にできているのかもしれない。


「そんなだらけきったらまたジィチ姉さんに怒られるよ?」

「あいつは細かいからなぁ。もう少し可愛げがあれば、嫁の貰い手もいるだろうに」

「そんなこといって、またジィチ姉さんにまた殴られるやつだからね?」

「はっはっは!殴られるのが怖くて軽口叩けるかよ!」


 見た目は清楚に見えるが、ジィチの教育方針は「言ってわからなければ鉄拳制裁」がモットーの武闘派だ。残念ながら、眼の前で呵々と笑うガンダには教育の成果は出ていないようだ。

 ガンダの様子に呆れながら席につくと、鍋から漂うビーフシチューの匂いにルカのお腹はいまかいまかと催促するように鳴る。


「ほら、義父さん、食べよう。お腹すいちゃったよ」

「おっと、そうだな」


 お互い手を合わせて目を閉じる。二人には祈りの言葉はないが、命の恵みに感謝を込めるという行為を行う。


 示し合わせたように同時に目を開ける。


「さ、食べようぜ」


 食欲に急かされながら、ルカは鍋からビーフシチューを皿によそった。




「んで、フラン家のご令嬢とやりあったんだってな」


 デザートの焼きリンゴに舌鼓を打っていると、先に食べ終えていたガンダが不意に切り出した。

 ルカは一瞬、動きを留め、短く「うん」とだけ返す。


「さっすが、俺の息子だな!入学式からよくやってくれるわ!あっはっは!」

「笑い事じゃないよ!名前まで覚えられちゃったんだからね!」

「覚えられたっておまえ、自分から名乗ったんだろ?」

「いや、そんなこと―」


 あるかもしれない。名前を聞かれたからその場のノリで名乗りあげてしまったから、否定はできない。

 黙ってしまったルカに対しガンダはからかうようにニヤニヤした顔を向ける。


「ほれみろ、自分から名乗ってんじゃねぇか」

「~っ!!」

「ま、御息女とはいえ、八門候に名乗り上げたんだ。明日から大変なことになるぞ。ふっふっふ」

「もう、他人事だと思って面白そうに笑ってさ!」

「はっはっは!他人事だからな!それに、学園生活には刺激が大事だろ?」

「不穏な刺激なんていらないよ!」


 ばくりと残りの焼きリンゴを乱暴に口に放り込み、噛みしめる。噛んだ瞬間、じゅわっと口に広がるリンゴの酸味と、カラメルの香ばしい甘みが絶妙にマッチする。リンゴそのものが美味しいのもあり、いくらでも食べられそうだ。幸せな味に顔がほころぶ。


「そう不貞腐れるな。遅かれ早かれ似たような問題は起こっただろうよ」

「それは、そうかもしれないけど、これは流石に想定外だよ」

「問題ってのは大抵予想してないから問題なんだ。大事なのはそれが起こった時に、お前がどうやって対処するか。だ」

「それは、そうだね」


 口の中でリンゴを転がしながら状況を咀嚼する。

 ビシッとカッコつけて指を立てるガンダのしたり顔に若干イラッとするが、ガンダの言ったことは間違ってはいない。やれることしかやれないのなら、腹をくくってやれるだけやればいい。


「やれるだけのことはやってみるよ」

「おう、その意気だ!」

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