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Another Tiny Dungeon~戦争奴隷の人族だけど平和な学園生活を送りたい~  作者: フォンダンショコラ
第一章「どうせやらなきゃならないなら、思う存分やってみる」

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8/8

#04 人生の大事な教訓「一難去ったら、また一難」 後編

週一更新を目指していましたが、来週はお休みします。。。

 翌日、教室に着いたルカを待っていたのは、どこかよそよそしい雰囲気だった。なんというか意識はルカに向いているのに、誰の視線も合わない。

 入口でゆっくり教室を見渡すと、大体のクラスメイトがさっと気まずそうに視線を伏せたり、そっぽを向いたりしてルカと視線が合わないようにしている。

 ここまでは予想通りである。

 よそよそしいクラスメイトたちを他所に、ルカは昨日と同じような姿勢で座っている女子生徒に目を止め、近づく。一つだけ確認したいことがあった。


「おはようございます」


 声を掛けるとその女生徒―シア=ゼルンはちらっとルカに視線を向けると、一瞬驚いたように息を飲む。ルカの突然の行動に驚いたのはシアだけではなかった。教室のそこかしこで、シアに声をかけたルカの行動にざわめきが生じた。

シアはしばらく逡巡するように左右に視線を彷徨わせていたが、やがて諦めたように小さく溜息を付くと、ルカにだけ聞こえる小さな声で「……おはよう」と返し、再びそっぽを向いた。 


(大丈夫そうだ)


 昨日のショックは残っていなさそうなシアの様子にルカは満足して自分の席に座る。今日は確か朝からクラスでオリエンテーリングがあるはずだ。カバンからプリントを取り出して確認しようとしたとき、ドン―とルカの机を誰かが手で叩いた。

 びっくりして顔をあげると、ルカの眼の前で机に手を着いているイーオと、その後ろで彼の取り巻きたちが敵意むき出しの表情でこちらを見下ろしていた。


「えっと、おはようございます」


 とりあえず無難に挨拶してみたが、彼らはルカの挨拶を無視するどころか、より強く睨まれる。


「あの…何か?」

「何かだと?!よくもぬけぬけと…貴様っ、よくもやってくれたな!」

「「やってくれたな!!」」


 後ろから取り巻きの魔族の男子生徒が追従するように囃し立てる。「やってくれたな」というが、ルカは彼らに何か粗相をしてしまったのだろうかと振り返るが、残念ながら思い当たるふしはまるでなかった。


「…何をでしょうか?」

「調子に乗るなよ、人族ごときが。分不相応にもアウラ嬢に名前を覚えられたからといってつけあがるなよ!このイーオを差し置いて彼女に近づくなど許さないからな!」

「「ないからな!!」」


 びしっと指を突きつけて宣戦布告するようにまくしたてるイーオのあまりの勢いに押されたルカは思わず、「あ、は、はい」と気の抜けた返事を返してしまう。


 戸惑いながらイーオの視線を受け止めたルカは、イーオの瞳に嫉妬の炎があることに気づいた。


(なるほど…お家の関係性の話か)


 昨日のフランとの大立ち回りがどうも彼のプライドを刺激してしまったようだ。

 そういえば、プファルツ家の御子息がフラン家のご令嬢に求愛をしてすげなく断られたという噂があったのを思い出す。同じ八門候とはいえ、序列トップのフラン家と序列最下位のプファルツ家では家格が合わないから所詮、噂は噂だろうとおもっていたが、いま様子を見る限りもしかしたら本当だったのかもしれない。

 となると、下手に出過ぎるのもよくない。あくまで親切な忠告を受けたという体裁が好ましい。

 ルカは椅子を引いて立ち上がると腰を90度に折って頭を下げ、勢いのまままくしたてる。


「分不相応な行動をしてしまい、私自身、浅慮だったと反省しております!」

「ふ、ふん!分かっているようだな!」

「はい。もちろんです」


 大立ち回りしてしまったのは、よくなかったと思っているのは本当だ。戦わず逃げるのが正解だった。


「今後は分相応な行動を心がけます」


 身体を起こし、ルカは胸に手を当て誓いを立てるように言う。これは本当に思っていることだ。


「分かれば良い。貴様ら人族は我々魔族の足元にも及ばないのだからな!」


 機嫌をなおしたイーオの高笑いが教室に響いた。


「朝からずいぶん賑やかですわね」


 柔らかい声だった。

 けれど、その声が教室に落ちた瞬間、ざわめきは水を打ったように静まり返った。

 いつのまにか教室の入口に立っていたのは、昨日と同じくピンク色の髪をゆるやかに揺らしたミスティー教官だった。垂れ目がちな目元には穏やかな笑みが浮かんでいる。だが、その奥にあるものは少しも笑っていなかった。

 イーオは高笑いをぴたりと止め、気まずそうにミスティー教官から視線をそらし、すごすごと席に戻っていく。

 取り巻きたちも慌てて自分の席へ散っていった。


「席につきなさい」


 たった一言。

 それだけで、教室にいた全員が反射的に背筋を伸ばした。

 ルカも慌てて着席し、姿勢を正す。ミスティー教官の有無も言わさぬ圧力が自然と空気を引き締める。

 ミスティー教官は教壇に立つと、ゆっくりと教室を見渡した。

 その視線が一瞬だけルカの上で止まる。


「昨日は皆さんにとって、なかなか刺激的な入学式になったようですわね」


 楽しそうなミスティー教官の声に誰も答えない。

 というより、答えられなかった。

 視線がちらちらとルカに向けられる。昨日の大講堂。砕けた高窓。紅蓮の炎。アウラ=フラン。そして、その前に飛び出した人族。八門候に楯突くだけでは飽き足らず、あまつさえその尊顔に蹴りをいれた命知らず。

 この教室におけるルカの立場はもはや、「触らぬ神に祟りなし」だ。


「ですが、昨日の件については、教官側で処理、生徒アウラには3か月の謹慎処分となりましたわ」


 ミスティー教官はさらりと言った。

 その言葉に、ルカは少しだけ肩の力が抜ける。よかった。すぐに襲撃をうけるということはなさそうだ。


「昨日の話は以上。質問は受け付けませんわ」


 ミスティー教官は微笑みを崩さないまま、手元の紙束を教壇にとん、と打ちつけた。端の揃った紙を胸元に引き寄せると、改めて教室を見渡す。


「さて。昨日の入学式で皆さんは正式に聖トリスディア学園の一期生となりました。本日からは、いよいよ養成課程の説明に入りますわ」


 胸元の紙の束をひらひらと見せながらミスティー教官が前列の生徒に紙をわたしていく。

 昨日と違い、今度は隠すことなく普通に配るらしい。前列の生徒へ紙を渡すと、それが後ろへ回されていく。


「まず、この学園では一年間を通して評価を行います。筆記、実技、任務適性調査、探索教練、集団行動。あらゆる観点から、皆さんがクルセイダーズに相応しいかどうかを見ますわ」

 ミスティー教官の真剣な声に呼応するように教室の空気が少し硬くなった。

 昨日までの浮ついた入学気分が、少しずつ削ぎ落とされていくのが分かる。


「進級に必要なのは星六つ。前期後期の筆記試験と実技試験で最大四つ。残りは探索教練、任務適正調査の評価、または個々の目覚ましい成果によって与えられます」


 星六つ。

 ルカは配られた紙に目を落とす。そこには簡潔に、評価項目と進級条件が書かれていた。


「星は増えるだけではありません。規律違反、任務失敗、危険行為、集団行動を著しく乱す行為があれば減点もあります。場合によっては、星が不足するどころか、負債を抱えることもありますわ」


 負債ということばに教室内がざわめく。

 星は獲得するだけでなく、ゼロより下に下がるということだ。そしてゼロ以下になるということは何らかのペナルティが課せられることは想像に難くない。


「この学園は、皆さんを英雄にするための場所ではありません」


 ミスティー教官の声が、少しだけ低くなる。


「生き残り、仲間を尊重し、任務を達成する者を育てる場所です。どれほど優れた個人であっても、仲間と動けない者は戦場では欠陥品ですわ」


 その言葉は、まっすぐルカの胸に刺さった。

 昨日、自分は一人で飛び出した。

 考えるより先に身体が動いた。あの場ではそうするしかないと思ったし、今でも間違っていたとは思わない。

 けれど、あれが正しかったかどうかと、危険だったかどうかは別の話だ。


「さて、入学して間もないあなた達にはさっそく、最初の試練が与えられますわ」


 ミスティー教官の言葉に教室がざわめいた。ミスティー教官は教室をゆっくり見渡しながら、ゆっくり話し始める。


「三ヶ月後、皆さんには初めての探索オリエンテーリングに参加してもらいます」


 探索オリエンテーリング。クルセイダーズが行う重要な任務の一つ、実地調査を想定したテストで、実際に魔物と戦うことも想定されているものだ。


「これはただの遠足ではありませんわ。3ヶ月後、このパリングラがハーバシティに寄港します。探索オリエンテーリングはハーバシティで行われます。この試験では、地形把握、索敵、戦闘、救助、撤退…様々な知識、技能が必要とされるでしょう」


 ミスティー教官はそこで一度言葉を切った。

 そして、にっこりと笑う。


「そのため、探索オリエンテーリングはパーティ単位で参加してもらいます」


 その言葉を聞いた瞬間、教室の空気が再びどよめく。


「クルセイダーズの最小単位は個人ではありません。小隊、分隊、あるいは即席のパーティ。誰と組み、誰に背中を預け、誰を支えるのか。任務をこなす上で必要な技能や知識を賄える人材。それを考えることも、皆さんの大切な課題ですわ」


 ルカは、紙に書かれた項目を見つめた。

 最低三名。

 上限五名。

 探索オリエンテーリング開始までにパーティ登録を済ませること。


「期限はパリングラがハーバシティに到着するまでの3か月。最低人数は三名。上限は五名。教官側からの斡旋は期待しないように」


 ミスティー教官の声が、妙にはっきりと聞こえた。


「自分の命を預ける相手くらい、自分の目で選びなさい」


 最低三人以上。

 その言葉だけが、ルカの頭の中に響く。果たして今の自分に3人以上のパーティが組めるのだろうか。

 反射的に教室を見渡す。

 すでに、いくつかの小さな輪が生まれ始めていた。

 家格の近い魔族同士。

 幼年学校からの知り合いらしい神族たち。

 竜族の生徒の周囲には、早くも何人かが視線を交わしている。

 誰もが、誰と組むかを考えている。

 誰もが、自分にとって得になる相手を探している。

 そして…

 ルカと目が合いそうになった生徒は、ことごとく視線を逸らした。


(……まあ、そうなるよね)


 昨日までなら、人族だから避けられていただけですむが、今日のこれは、それだけではない。

 煉獄の薔薇姫とも称されるアウラ=フランに目をつけられた新入生。

 この哀れな人族と組めば、あの薔薇姫という特大の爆弾を抱え込むことになるかもしれない。

 くしくも彼女の謹慎期間は3か月で、試験開始も3ヶ月後。タイミング次第では試験開始前に彼女の襲撃を受けるかもしれないのだ。

 その肩書きのリスクは思ったより重い。

 乾いた笑いが喉の奥に浮かんだが、出てこなかった。

 ふと、もう一度シアの方を見る。

 四貴魔将ゼルン家の令嬢。魔王の妃候補。肩書きだけなら、この教室でもっとも声をかけられて当然の相手だ。

 けれど、彼女の周囲にも、誰も近づこうとしていなかった。ルカと同じ出来事が由来だが、その理由はまったく別だ。あの騒動で、周囲は見てしまったのだ。

 四貴魔将の令嬢が、格下であるはずのフラン家の令嬢を前に、何もできずに震えていた姿を。

 まさしく飾り姫。ハリボテの実力であることを。

 その不名誉な呼び名が、教室の空気の中で形を持っていくのが分かった。

 シアは横を向いたまま、机の下で握った手をさらに強く握りしめていた。

 ルカは何か声をかけるべきか迷った。

 けれど、今この場で声をかければ、また教室中の視線が彼女に集まる。

 昨日の廊下で、ようやく小さく笑った少女の顔を思い出す。


(……今は、やめておこう)


「なお、期限までにパーティ登録ができなかった者は、未達成として評価に負債をつけます」

「は!?」


 思わず声が出そうになった。

 いや、出たかもしれない。

 教室のあちこちでも、同じように小さな悲鳴が上がっている。


「戦場で『誰も組んでくれませんでした』は通用しませんもの」


 ミスティー教官は、相変わらず優雅に微笑んでいた。

 言っていることは正しい。

 おそらく、戦場では本当にそうなのだろう。

 だが、だからといって、今この教室で放り込まれるにはあまりにも重い課題だった。


「これからの三ヶ月で探索に必要な技能や知識を授業で叩き込みますわ。その中で、よく観察しなさい。よく考えなさい。家名でも、種族でも、噂でもなく、その者が何を見て、何ができて、何ができないのか、見極めること。自身が何ができ、何に貢献できるのか存分にアピールなさい」


 ミスティー教官の視線が、わずかに細められる。


「それができない者は、探索に出る前から半分落第しているようなものですわ」


 教室中がざわめきに包まれる。

 机越しに視線が交わり、全員が皆を見定めだしている。

 そしてその視線は驚くほど自然にルカを避けていた。

 そして、同じように。

 壁際に座る黒髪の少女の周囲にも、誰も近づこうとはしなかった。

 ああ、もうすでに選別は始まっているのだ。


『明日から大変なことになるぞ。ふっふっふ』

 ルカの脳裏にガンダのニヤニヤ笑いが頭をちらついていた。

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