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Another Tiny Dungeon~戦争奴隷の人族だけど平和な学園生活を送りたい~  作者: フォンダンショコラ
第一章「どうせやらなきゃならないなら、思う存分やってみる」

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#02 平和と腰の低さの方程式 前編

「やっぱり人が多いなぁ」


 聖トリスディア学園の校門前には親と連れ立った生徒たちのほかにも、在校生らが新入生の胸に学園の象徴であるユリの花をつけては、校内へ誘導していた。

 魔族、魔族、こっちは神族、あっちは魔族でこっちは神族、あっちの子は竜族かな。人族は、やっぱりいないか。


 ルカは新入生の姿を目で追いながら種族を確認するが、当然のように人族の姿は見当たらない。

 魔族の特徴である小さな角が生えている少女や、神族の特徴である頭の上にあるハイロゥをもっている少年を見ながら自分以外に人族がいないか目で探してみるが、やはりいない。


 キョロキョロしていたからだろうか、ドンと肩に軽く衝撃があった。

 ぶつかったのは、額に一本角を生やした魔族の少年だった。

 その角を見た瞬間、ルカの頭の中で、昨夜まで何度も見返した要注意人物票の一枚が勝手にめくられる。

 赤い瞳。額の中心からわずかに突き出た一本角。炎属性の名門。魔族八貴族末席、プファルツ家。

 ――イーオ=レグノア=プファルツ。

 危険度は中。接触方針は、家名を立てること。正面から反論しないこと。人前で面子を潰さないこと。

 要するに、面倒な相手だった。


「あっと、すみません! よそ見をしていて」


 ルカは反射で頭を下げる。謝罪は早い方がいい。相手がこちらを人族だと認識する前なら、なおさらだ。


「いや、こちらこそ、すみ――」


 少年はそう言いかけて、止まった。

 瞳がルカの顔を捉える。制服を捉える。最後に、角も輪っかも尾も持たない、人族の身体を認識する。

 その瞬間、少年の表情から謝意が消えた。

 ああ、間に合わなかった。

 ルカは心の中で小さく息を吐く。

 きっと怒鳴る。言葉もだいたい決まっている。要注意人物票の備考欄に書き足すなら、「初手で種族差別発言あり」といったところだろうか。

 今日くらい、平和に校門をくぐりたかったな。

 そんな諦めが胸の底に落ちた直後、少年の顔が怒りに染まった。


「――ってめぇ、戦争奴隷じゃねーか!」


 ああ、やっぱり、またかと、自身の心が深く沈む感覚をルカは味わう。

 魔族の少年の声に周囲にいた生徒や父兄たちが何事かと顔を向けたが、魔族と人族の姿を見るや、状況を察して声を潜めて耳打ちをしだす。さささっと巻き込まれないようにするためか、少年とルカを囲うように円ができていた。

 いつもの反応だ。この円は人族に対する制裁の場だ。人族が逃げないように囲い、戦争奴隷を制裁するエンターテイメントを楽しむための悪趣味な場。


「おい、奴隷、お前はなんでここにいるんだよ」


 少年がルカの胸ぐらを掴んで凄んできた。

 後ろには彼の両親であろう少年によく似た男性と、目が赤い女性が汚物を見るような視線でルカを睨んでいるのが見える。止めるつもりは毛の先ほどもないようだ。

 周囲の様子も同様である。止めようとする人は誰もいない。

 これが人族の現実であることも、この10年で嫌というほど知っている。当たり前の現実だ。


「おい、無視するんじゃねぇ、俺を誰だと思っている。俺はなぁ!」

「プファルツ家次男のイーオ=レグノア=プファルツ様ですよね?」


 少年の言葉を遮って相手の視線を真っ向から受け止めて毅然と相手の名前をルカはそらんじてみせた。

 思わぬルカの態度にプファルツ家の次男イーオはその気勢を削がれたのか胸ぐらを掴む手の力が緩んだ。その一瞬を見逃さず、イーオの手を解いた。

 それはまるで手を離すことが決まっていたような、あまりにも自然な動作だった。手を解かれたイーオでさえ、気付かないほどだった。ルカはイーオから二歩離れ、恭しく頭を垂れる。


「お、おう。お前知っていたのか」


 もちろん知っている。

 聖トリスディア学園に行くと決めた3年前から、魔族や、神族の階級や名門貴族、各種族の有力者の情報は覚えるべき知識として義父から叩き込まれている。

 燃えるように赤い瞳と、額の中心から少し出ている青い一本角はプファルツ家の身体的特徴であり、目の前の少年と姿と合致している。何より


 プファルツ家といえば、魔王十二門のうちの一つであり、四貴魔将に続く、八門候の末席に名を連ねる名門魔族だ。それこそ候を冠するため普通の魔族とはわけが違う。

 しかし一方で、プファルツ家は八門候の最下位であり、ここ数百年の間は一度も家格が上がったことがない。その事実が彼らのプライドに影を落としているためか、自分よりも下位の家格のものに対しては何かと名門を盾に取りひどく横柄な態度をとっているともっぱらの評判だった。


「はい。魔王十二門といえば魔界だけではなく、世界にその名を轟かせていますから」


 ルカはにこやかに笑いながら、周囲に聞こえるように声を張って歌うように続ける。


「炎を操ることで有名なプファルツ家といえば特筆すべきはその巧みな魔力操作能力!自由自在に炎を操る様から炎蛇の二つ名を魔王様から頂戴されているとか!」

 ルカは芝居がかった仕草で朗々とイーオとその家をおだてる。周囲の人の関心がルカから、イーオというエリートに移っていくのを確認しながら、ダメ押しするようにさらに続ける。


「そして次期当主候補として名前があがっているのがイーオ=レグノア=プファルツその人であり、その技巧はもはやクルセイダーズ級の実力者!その武勲たるや、齢8つにして第3位階の炎魔法を巧みに操って見せ、その場にいながら、屋敷中の1000本ものロウソクに火をともしてみせたとか!」


 誇張をまぜながら、ルカの弁は少しずつ熱を入れる。熱狂するように語気が強まるルカの熱弁に、次第に周囲も呑まれているのがわかる。イーオの両親などはもはや感心し、満足そうにうなずいているのが、目の端に見えた。

 もうひと押しとばかりにルカは続ける。


「そして勉学にいたってはさらに特筆すべきところでしょう!このクルセイダーズの入学試験において、16位の成績で突破されたのです!実に9割の入学希望者が落ちると言われている難関の入学試験で、ですよ?これを才といわず何を才といいましょう!!」

「わかったわかった!もういい!」


 ルカの言葉を遮ったのはイーオだった。

 イーオは恥ずかしそうに顔を手で覆いながら、ルカから距離をとり、ひらひらと手を振る。


「クズの人族の分際で、俺様を知っているのはいいことだ。感謝することだな。今日は祝いの日だ。俺の気分がいいから見逃してやるから、とっととどっかにいけ!」


 しっしっしっとイーオが手で追い払う仕草をする。

 その様子にルカは内心で安堵し、またまた芝居がかった仕草で優雅に一礼したあと、散り始めた野次馬の間にネズミのようにササっと入り込んだ。周囲はもはや制裁される人族ではなく、若き才覚をもつイーオに注目している。


 ひとまずこれで安心だろう。

 そそくさと立ち去りながら、ルカはほっと息をついた。

 揉め事を入学式当日に起こして教官に目をつけられるのはかなわない。それがダイレクトに義父の評判にもつながると思えば避けられる争いは避けるに限る。


 太鼓持ちみたいで、かっこ悪くはあるが、背に腹は代えられない。

 そもそも人族が聖トリスディア学園に入ることさえ、いい顔をしない神族や魔族が多いのだから仕方がない。ちょっとまえに人族を入学させたくない親たちから学園に嘆願書なるものまで提出されたそうなのだから、嫌われっぷりがわかるものだろう。

 そんな微妙な立場の種族であるからして、なるべく目立たず問題を起こさずできるだけ平和に学園生活をおくりたいのだった。


 そのために今年の入学者の中で特に関わらないようにするべき要注意人物をまとめていたのだ。

 今年の入学者で最も接触を避けるべきは、魔族の重鎮である4貴魔将ゼルン家の令嬢シア=ゼルン。在校生で最も視界に入ってはいけないのは、戦闘狂と名高い煉獄の薔薇姫 アウラ=フラン。

 その他にもバルスラン家傍流で決闘好きで知られる氷爪のラグナや、人族に殊更厳しい白翼の審問官セラフィム=ノイエなど危険度や接触方針についてあらかじめ決めていたのだが、準備虚しく、入学初日に揉め事を起こしそうな相手として赤丸をつけていたイーオ=レグノア=プファルツとは早速接触してしまった。


 これ以上の騒ぎはほとほと避けなければならない。

 ルカは気を引き締めるように頭の中でリストをおさらいしながら、入学式の飾り付けがされた学園への門を慎ましくくぐっていった。



 ◆ ◆ ◆



「はあ、憂鬱」


 シア=ゼルンはこの日、何度目かわからない重く気怠いため息をついた。

 そんなシアの陰鬱した空気とは対照的に周囲では、同世代の少年少女がどいつもこいつも浮かれた顔をして行き交っている。

 春の陽気の中、暑苦しい長い黒髪を鬱陶しげに払ってから、ふたたびため息をつく。

 まさに絵になるような美少女であり、シアも自身が美少女である自覚をもっている。年頃の青少年であればシアが微笑めば、簡単に恋に落ちてしまうだろう。


(ほんと、ばっかみたい)


 内心で悪態をつく。

 誰も彼もが入学を喜んでいる。まったくもって度し難い。私はこんなに憂鬱だというのに。なんだというのだろう。

 そんな黄色い雰囲気に飲まれまいと、シアは努めて背を丸めてできるだけ頭の角を隠すように歩く。そうすると誰もがシアの存在に気付かなくなる。気配を消すのはだいぶ前から身についた自慢の処世術だ。

 シアは魔族だ。両のこめかみから伸びる角は、ただの紫ではない。夜を溶かし込んだ宝石のような深紫。光を受けるたび、紫水晶にも似た澄んだ輝きを返すその色は、魔族の中でも高貴な血に連なる者だけが持つとされるものだった。


 四貴魔将の一角、ゼルン家の血縁。

 本人にとっては隠してしまいたい忌々しい証でありながら、見る者が見れば、その出自を一目で悟るほどに誇らしく、美しい角だった。


「はぁ」


 再度ため息をついた。今度は自身の境遇に対する不満が漏れた。

 シアは穀潰しの楽々貴族ライフを満喫するつもりだったのだ。

 しかしそんなシアに激怒した人物がいた。

 それは偉大なるお祖母様だ。


 お祖母様は何を思ったのか、目に入れても痛くないほど大切なはずの孫娘の悠々自適な生活ぶりをみるや、大声でわめきたて、最終的に勘当するとまでいったのだ。

 もちろんシアは全力で抵抗した。床に這いつくばり土下座しながら泣いて許しを請うた。いつもならこれで許される孫に甘い祖母はしかし、本当の本当にブチギレていたのだ。

 最終的に本気の泣き落としの結果、嫁に行くか、聖トリスディア学園に入学してその性根を叩き直すかの究極の二択を迫られた。


 自慢ではないがシアは重度の人見知りの内弁慶だ。身内にはとことん調子づき、馬乗りになる勢いで話せるが、見知らぬ相手には貝のように閉じこもる術しかもたない。よもや嫁に行くなど、同世代の男子にさえ会話したことがないシアには地獄の沙汰だ。どちらの地獄を選ぶかで、逃げた結果が学園への入園。

 四年間こそこそと過ごせばいいのだから、どこの馬の骨ともしれぬ相手の嫁になってせっせと夫婦生活を営むよりマシと判断したのだ。


 そう、学生生活なら人との関わりも最小限にできるに違いないのだから。

 そんなネガティブな考えで選択した学園なのだが・・・


「寮生活・・はぁ・・・」


 寮生活といえば、個室ではなくだれかと同室に違いない。四貴魔将であるシアであろうが、共同生活は避けられない。その事実によりいっそう背中を丸めて重くため息を付く。

 寮生活だなんて聞いていない。お祖母様に嵌められたのだ。

 シアの足取りは目に見えて重くなる。

 何度目かの、ため息をついたとき、周囲が騒がしいことに気がついた。


「おい、無視するんじゃねぇ、俺を誰だと思っている。俺はなぁ!」


 どこかで誰かが喧嘩を始めているのか怒号が聞こえる。


(なによ。こんな日まで喧嘩するなんて野蛮ね。やっぱり一人で引きこもるのが大正義だわ。近づかないようにしなくちゃ、君子トラブルに近づくなかれよ)


 大方どこぞの魔族と神族が肩がぶつかっただの目線があっただのとくだらない理由で喧嘩が始まったのだろう。基本的に仲が悪い二種族がひと所に集まれば必然として諍いが起こる。珍しくもない光景だ。

 シア的にはむしろ大きな騒ぎが起こったのは好都合かもしれない。校門がもうすぐそこに見えている。騒ぎのおかげで人混みが薄くなっているのだ。

 ここぞとばかりに進もうとしたとき、ぞわっと睨めつけるような気配を感じた。


「ひっ!」


 驚いて出そうになった声を慌てて手で抑える。

 さっきの怒号が明確な殺意になったに違いない。昔からシアはそういった感情や魔力の流れに敏感なのだ。自分に向けられたものじゃないものだとしてもヒシヒシと感じるのだ。

 それこそ両親のたまの喧嘩のときなどはこの感覚のおかげで退避できたものだ。自身の危機回避能力は高いのだとシアは自負している。


(くわばらくわばら)


 とはいえ、騒ぎのおかげで人混みは薄くなっているのに違いはない。騒ぎの中心となっているどこかのだれかに感謝をしながら、ここぞとばかりにシアは誰にも注目されることなくこっそりと門をくぐりぬけるのであった。


 しかしこのとき、シアは気づいてなかった。シアが感じた怖気はまさに校舎からシアに向けられたものであった。

 校舎の3階からシアの存在を面白そうに観察するその艶やかな女性の姿に。

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