魔術師
遠い異国から訪れたという、輝かしいシリンザルの第二王子がこのバルドゥーンに滞在しているという噂は、砂漠の風よりも速く、瞬く間に街中へと広がっていきました。その噂は当然、貧民街からほど近い安宿の一室に滞在していたファルザドの耳にも届いていました。
「何か妙だ。これまで世界中の国々やその歴史を紐解いてきたが、シリンザルなどという国名は聞いたことがない。噂通り、国王に惜しげもなく純金の杓を献上できるほどの豊かな大国であれば、この私が知らぬはずがないのだが」
ファルザドは薄暗い部屋にこもると、その謎に包まれた王子の正体を自ら調べてみることにしました。彼は右手の指にはめられた、黒い瑪瑙のような深い怪しいきらめきを持つ魔法の指輪を静かに擦りました。すると、指輪の石から薄緑色の冷たい煙が勢いよく立ち上り、部屋の空間でうねりながら、次第に一つの生き物の姿を形作っていきます。
やがてファルザドの目の前には、小麦色の肌を持ち、まるで一切の感情が抜け落ちたかのような無表情な少年が静かに立っていました。
「ジーニー、今街で噂になっているシリンザルの王子とやらを、ここに水盆を出し映して見せてくれ」
「了解しました」
魔人が両手をパチンと叩き合わせると、ファルザドの目の前に並々と水が満ちた大ぶりの水盆が現れました。その揺らめく水面がみるみるうちに透明度を増し、遠く離れた王宮の景色を鮮明に映し出し始めます。そこに映っていたのは、豪奢な宮殿のテラスで、親しげに手を取り合って王女と睦まじく語り合う、見覚えのある一人の青年の姿でした。
「む……この者は、あの洞窟で死んだと思っていたアラジンではないか。ただの貧民が、一体なぜあのような高貴な場所に割り込んでいるのだ」
驚きに眉をひそめたファルザドでしたが、アラジンのすぐ隣に佇む王女の姿が目に飛び込んできた瞬間、彼の胸が激しく高鳴りました。美しい黒髪にしっとりとした茶色の瞳、その気品に満ちた立ち姿。
「なんと美しい女性だ。叶うなら、私があとわずかだけでも若ければ……」
自身の口から漏れ出た不遜な呟きに驚き、一度はそれを振り払おうとしたファルザドでしたが、視線は水盆に映る王女の笑顔に釘付けになり、どうしても動かすことができません。
「おそらくアラジンめは、あの洞窟から自力で脱出し、魔法のランプの魔人を呼び出して王子を騙っているのだろう。だが、あのような未熟な者に国を任せるのはあまりにも危険だ」
ファルザドは手を振って水盆の映像を消させると、じっと深く瞑目し、暗闇の中で考えを巡らせました。果たして自分のような、魔法の探求にのみ生きてきた男が、あの高貴な王女に選ばれるだけの資質を持ち合わせているだろうかと。
しかし、久しく忘れていた、胸の奥底でパチパチと音を立てる静かな炎が、彼の内側を熱く焦がし始めていました。
「いや、最初から諦める必要などどこにもない。ジーニーよ、私はあの麗しい女性の傍らに立つにふさわしい、真の傑物になる必要がある」
ゆっくりと目を開いたファルザドの瞳の奥には、どのような苦難も受け入れるという確固たる覚悟が、冷たく押し固められていました。
「この挑戦の結果がどうなろうとも構わない。ジーニーよ、私は魔法の力そのものではなく、この世界を動かす真の知恵を得たい。あの方の隣でこのバルドゥーン王国を支え、豊かにするための具体的な知恵が欲しいのだ。私にこの国の詳細な地理、今まさに差し迫っている外敵の危険、より大きな収益を上げるための交易品、民衆の飢えを救うための乾いた土地の農法、そしてこの国の新たな産業となりうるすべての知識を教えてくれ。同時に、王宮の式典で決して恥をかかぬような、洗練された貴族の所作の訓練も必要だ。私はそれらすべてを死に物狂いで学び取り、必ずや自分自身の力に変えてみせよう」
「了解しました」
魔人が静かに両の手を打ち合わせると、宿の古びた木机がみしみしと音を立てて悲鳴を上げるほどの、膨大な数の書物や羊皮紙の地図が、天井に届かんばかりに積み重なりました。
ファルザドはその中から、分厚い一冊の書物を手に取ると、夜の静寂の中で静かに最初の頁をめくり始めました。
中年に差し掛かった一人の魔法使いによる、魔法に頼らない静かな、そして壮絶な挑戦が、今ここに幕を開けました。




