魔法のランプ
湿った石段を降り切ったアラジンは、懐から取り出した松明に火を灯しました。パチパチと爆ぜる赤い炎が闇を押し返し、不気味なほど静まり返った一本の通路を照らし出します。アラジンは唾を飲み込み、松明の明かりを頼りにゆっくりと奥へ進み始めました。
しばらく進むと、通路の両脇に並ぶ異様な光景が目に飛び込んできました。そこには、金や銀をふんだんに使って作られた、まばゆいばかりの首飾りや豪華な器がうず高く積まれており、松明の炎を受けて鈍く妖しい光を反射していました。
「少し見るくらいなら、減るものでもあるまい」
アラジンは足を止め、ひときわ大きく輝く黄金の宝冠をじっと見つめました。吸い込まれるようなその輝きから、次第に目が離せなくなっていきます。
これ一つあるだけで、俺は何年働かずに居られるだろう。そんな考えが頭をよぎった瞬間、アラジンの体は勝手に動き出していました。我を忘れたように手を伸ばし、その指先があとわずかで宝冠に触れる、その寸前のことでした。
「これが試練の罠か。危ないところだった」
ファルザドの警告が頭に蘇り、アラジンは弾かれたように慌てて指を引っ込めました。心臓が早鐘を打つのを感じながら、今度は立ち並ぶ宝物をなるべく見ないように、視線を足元に落としたまま早足で通路を駆け抜けました。
やがて息を切らせて通路を抜けると、そこには地下とは思えないほど広大な果樹園が広がっていました。奇妙なことに、植えられている木々はどれも透き通るような美しい幹を持ち、その枝には見たこともないほど瑞々しい実がたわわに生っています。その半透明の美しい実を見た瞬間、アラジンの喉が自然と鳴りました。
「そういえば、今朝からろくなものを食べていなかったな」
果樹園を満たす芳醇で甘い香りが、アラジンの空腹を容赦なく刺激します。彼はしばらく警戒して身構えていましたが、体に異変は起きませんでした。
これはさっきの金銀とは違う。宝物ではないし、きっと大丈夫だろう。金銀を見た時のような、心を無理やり操られるほどの邪悪な衝動も湧いてこない。
アラジンは誘惑に負け、枝から実を一つもぎ取って口に放り込みました。果汁が弾けた瞬間、わずかな酸味と、疲れ切った身体を突き抜けるような極上の甘味がアラジンの喉を潤していきました。
あまりの美味さに夢中で食べ進めていたアラジンでしたが、最後の一口を噛みしめた時、歯の奥でがりりと硬いものが当たりました。
「何だこれは。種子がガラス玉なのか」
口から吐き出してみると、それはまるで磨き上げられた宝石のように輝く、透明な種子でした。売れば幾ばくかの金になるかも知れないと思ったアラジンは、その種を古びたポケットに突っ込むと、すぐさま先を急ぎました。
庭園の最奥、岩壁にひっそりと開けられた小さな窪みの中に、目的の遺物はありました。それは真鍮で作られたような、安っぽくて煤けたランプでした。驚いたことに、その小さな口からは、誰が灯したわけでもない小さな火がゆらゆらと揺らめいています。アラジンは息を吹きかけて火を消し、中の古い油を床に捨てると、ランプを丁寧に懐へと仕舞い込みました。
「こんな見窄らしいランプが本当に金貨三枚価値もあるのか。これなら、市場で売っているランプの方がよほど上等じゃないか」
アラジンは肩をすくめ、そのまま洞窟を引き返そうとしましたが、ふと足を止めました。
「いや、待てよ。こんなランプ一つに、あんな大金を本当に払う馬鹿が居るだろうか。もし戻った後、このランプを見たファルザドが何かと言い訳をつけて金貨を出し渋ったら目も当てられないぞ」
そう考えたアラジンは、自分が損をしないための知恵が働いたと思い込み、にやりと笑いました。彼は先ほどの果樹園へ引き返すと、懐やポケットがはち切れんばかりに、あの半透明の美しい実を貪欲に詰め込んでいきました。




