未来
シリンザル王子の奇跡の宮殿と、不毛の荒野に突如として現れた広大な麦畑の噂は、砂漠を駆ける砂嵐よりも速く国中を駆け巡りました。多くの民や兵たちが王子の信じがたい偉業を神の奇跡と崇め、その名を褒め称える中、宮殿の一角でファルザドは静かに目を閉じていました。
「なんと浅はかな真似を。しかし、これで大臣や官僚たちの声がアラジンに傾けば、王女殿下のみならず、このバルドゥーンの国の行く末すら危うい。他者を貶めるような手は使いたくはなかったが……」
ファルザドの痩せた顔には、いつになく深い焦りと苦悩の色が浮かんでいました。
離宮の完成から一週間が経った日、新宮殿の壮麗な大広間で盛大な祝宴が催されました。床一面には見事な紋様が織り込まれた美しい絨毯が敷き詰められ、高い丸天井に嵌め込まれた極彩色のステンドグラスからは、差し込む陽光が色とりどりの鮮やかな影を大理石の床に落としています。部屋の中央に置かれた長い机には、世界各地から集められたかのような山海の珍味が隙間なく並んでいました。
そこには国王シャフリヤールや王女ロクサーナ、そしてその隣で満足げに顎を引くシリンザル第二王子アラジンの姿がありました。さらには招待された大臣、官僚、国を動かす豪商たちが一堂に会し、新たな国府の完成を祝うために集結していたのです。
王は並べられた料理と宮殿の見事さにすっかり上機嫌になり、居並ぶ諸侯に向けて、杯を高く掲げて宣言しようとしました。
「此度は、我が国の新たな離宮の完成祝いに駆け付けてくれた皆の者に礼を言おう。そして、この宮殿を魔法のような速さで築き上げ、不毛の大地を一夜にして豊かな麦で満たした功労者、シリンザル第二王子に深い感謝を。余はこの類稀なる大功をもって、シリンザル第二王子、アラジンをロクサーナの王配として……」
勝ち誇ったように胸を張り、隣のロクサーナへ熱い視線を送るアラジンでしたが、王が最も重要な言葉を口にしようとしたその瞬間、列から一歩前に進み出る者がありました。ファルザドでした。
「そのお言葉、どうかお待ちください」
厳かですが、広間中に低く響き渡る声でした。最高の晴れ舞台を邪魔され、瞬時に激しい怒りに染まった目となったアラジンは、ファルザドを指差して鋭く言い放ちました。
「不敬者め! 王の神聖なるお言葉を遮るとは、ただの官僚風情が身の程を知れ!」
激昂して肩を震わせるアラジンを片手で宥めつつ、シャフリヤール王が怪訝そうな顔で静かに問いました。
「ファルザド、一体何か問題があるというのか? この目で見た通り、ここには敵を寄せ付けぬ堅固な城壁があり、民を潤す豊かな農地があり、そして我が国の威信を内外に示すような壮麗な宮殿がある。どの国も羨むような完璧な豊かさではないか」
しかし、ファルザドは王の言葉を否定するように、冷徹に、そしてゆっくりと首を振りました。
「言葉で並べるよりも、実際に見ていただいた方がよろしいかと存じます」
そう言ってファルザドが上品な黄土色の衣装の懐から取り出したのは、小さな丸いガラス玉、ビーズでした。彼はそれを磨き上げられた大広間の中央へとそっと置きました。すると、誰の手も触れていないというのに、ガラス玉は生き物のようにゆっくりと転がり始め、次第に速度を速めながら、部屋の奥の壁へとこつんと音を立てて当たりました。
広間にいた一同が息を呑み、各所から一斉に不穏なざわめきが沸き起こります。
「この宮殿は、砂地に重い建物を建てる時の鉄則が守られておりません。あたかも、流動する砂の上に直接重い石材を配置したかのように、地中深くの基礎が全く作られていないのです。完成からたった一週間で、すでにこれほどの手を付けられぬ傾きが生じているということは、数年後には自重に耐えかねて歪み、いずれは砂の底へと没することでしょう」
「……だから、だから何だというんだ!」
アラジンは己の動揺を打ち消すように、大声を張り上げました。
「少し傾いたなら、その時にまた作り直せばいいだけじゃないか。僕が命じれば、三日とかからず全く同じ宮殿がこの場所に再び建つんだ!」
ファルザドは、そんなアラジンの姿を、怒りではなく深く痛ましげな目で見つめました。
「『僕が命じれば』、ですか。では王子殿下、貴方が不慮の病や寿命によってその命を落とされた時、一体誰がこの崩れゆく宮殿を直すのですか。外の麦畑はなお酷い。今は魔法のような力で豊かに麦が実ってはいるが、その広大な畑を維持するための水は、明日から一体どこの川から汲むのです。来年以降の作付けの計画はどうなっているのですか」
矢継ぎ早に繰り出される現実的な問いに、アラジンは完全に言葉を失いました。彼の頭の中には、ファルザドの問いに対する答えなど、最初から一つも持ち合わせていなかったのです。ただ、皆が驚いて喜ぶからやった。自分が魔法使いの王子としてすごいと思われたいからやった。ロクサーナと何不自由ない楽しい生活が欲しいからやった。動機はそれだけだったのです。
アラジンが冷や汗を流して立ち尽くす中、ファルザドはシャフリヤール王に向き直り、衣服を正して深く臣下の礼をとりました。
「シャフリヤール陛下、もし、私とロクサーナ王女殿下との結婚をお許しいただけるのであれば、私はこの身に宿したすべての知恵と生涯を賭して、このバルドゥーンを、一時の幻ではない、三百年先まで揺るぎなく続く真の繁栄へと導いてみせましょう」
大広間が静まり返る中、王の鋭い視線は、呆然と立ち尽くすアラジンから、確固たる決意を瞳に宿したファルザドへと、ゆっくりと移っていきました。




